しゃっくりの止め方

以前しゃっくりが出て止まらなくなった時のこと。


それまではしゃっくりが出たら息をお思い切り吸ってから極限まで止めて


その後一気に吐く


ということをすることで止めることが出来ていた。


しかしその時は


『そういえばしゃっくりは横隔膜がびっくりすると出るって聞いたな』


と思って


横隔膜に声をかけてみた


具体的には横隔膜辺りに両手をあて


『横隔膜さ〜ん、びっくりさせちゃってごめんね〜』

と優しく声に出して


要は横隔膜に声をかけてみた


その結果あらびっくり


その声掛け一発でピタっとしゃっくりが止まった。


『へ〜横隔膜にも声が届いたのかな』と思った。


この声をかける行為というのは色々アレンジして様々な場面や状況で使えるので


自分ならでは声掛けを楽しんでやってみるのもよいと思う。


最近しゃっくりはあまり出てないが


また出たら試してみようと思う。

自分の出来ることやりたいこと

自分の出来ることは人それぞれある
やりたいことも人それぞれだ

例え他の人からすれば大したことはないと思われそうなことでも


自分の出来ることをすればいいと思う


自分がやりたいならやればいいと思う


どんなに小さなことでも


それがやりたくて出来ることなら


やればいいのではないだろうか


周りと比べる必要はない


出来ることを


やりたいことを


やっていこうと思う

逢いたくていまビブラート127回

以前カラオケに行った時のこと

基本的に声を張る歌を歌うのが好きだ

この日も声を張る歌をかなり沢山歌った

およそ6時間くらいだろうか

食事やトイレ以外は全く休憩せず歌い続けた

本当は洋楽の方が好きだが、英語の問題があるため、歌いたい歌を全て歌える訳ではない

邦楽含めて一体どれだけ歌えば気が済むのかというくらい歌った

そして最後の方ではとてつもなく疲れ果ててしまった

それでも何となくMISIAの『逢いたくていま』を歌ってみようと思い歌うことにした

キーを合わせようとしたが何故かキーが変わらない

仕方ないのでそのまま低いオクターブで歌うことにして歌い始めた

なんとも言えない違和感があるなぁ・・・と思いつつ歌っていてあることに気付く

全く意識していないのにビブラートがかかっている

採点方式で歌っていたのでビブラートの部分が目に見える

歌い進めていくとビブラートの回数がうなぎのぼりに上がっていく

面白いので疲れ果てていたもののなんとなくこんな感じで歌えばいいのかな・・・と歌っていって

最後に採点をみてあらびっくり

ビブラートの回数が127回になっていた

今まで自分ではビブラートは出せなかったので

ビブラートがこんなに沢山出るとは驚きと共に嬉しかった

1つ分かるのはどうやら力を抜くことがビブラートに繋がっているようだ

疲れ果ててしまったため当然力は入らない

今までここまで疲れ果てて歌ったことはなかったので気付かなかった

後はうまく説明出来ないがどうやら口の開け方や喉の開き方やお腹から声を出すようにするとビブラートが出る感じだ

その後カラオケに行き歌ったがビブラートのことはすっかり忘れていた

その時は高音を出して歌いたいと思い様々な歌を歌った

英語の歌にもチャレンジし

ピアノでも弾いている映画グレイテスト・ショーマンの『A Million Dreams』を歌った時だっただろうか

高音部分を歌った時不思議と今まで出ないと思っていた高さの声が出て来た

しかもその声は自分の声とは違うような声で凄い良い感じの声だった

今振り返れば録音すれば良かったが

いずれにしても今まで出せないと思っていた高さの声が出た

色々歌って全ての曲でその声が出た訳ではないが

こんな高音が出せるとはびっくりして嬉しかった

ただ実はこれは自分のピアノを弾く時の応用的な考え方で

自分はピアノを弾く時

弾けないと思う曲も強引に弾こうとする

そうすると何故か弾けるようになっていく

自分のピアノの弾き方は独特で

ピアノを習ったこともないし

譜面も読めない

しかし自分の中に音が定着している曲は何故か弾ける

今回カラオケで高音を歌う際もこのピアノの『強引に弾く』方式でやってみた

やはりポイントは口を想像以上に大きく開き喉も開き

お腹に力を入れて

なるべく体全体の力は抜く

他にもあるが

あの高音が出た時の感覚は言葉ではうまく説明出来ない

1つ言えるのは

ピアノの応用でもあるが

自分で限界は決めないことだ

出来ないと思っていると出来ない

出来きなくても『行ったれー』・・・みたいに

強引にいくと不思議と高音も出る

まだ完全にコツを掴んだ訳ではないが

どうやら自分の声は思った以上にもっと高く出るようだ

その声が出たあとの他の歌を歌った時の歌声は

自分の声にあっているからかは分からないが

不思議と素晴らしい感じの歌声となる

もう採点とかは抜きにして

良い感じになる

もしかすると自分の心の一番奥にある本来の自分を輝かせることが出来ていたのかも知れない。

ビブラートにしても高音にしても

色々自分で工夫していくと出来なかったことが出来てくる

これからもピアノは弾いていくが

この感じでカラオケもやって行きたい

自分が弾いているピアノは歌で歌う部分を弾いているので

本来なら歌っているのだが

家で大音量では歌えないので歌の練習はカラオケでやろうと思う

実は自分は声量はかなりあるので

本当はその声量で気持ちよく高音まで出せればとてつもなく楽しくなるはずだ

いつか一緒にカラオケで歌いたいと思う人と

カラオケで歌ってみたい

自分の好きなこと

自分の好きなことは色々ある。

様々な経験したことや考えたことを、文章として書くこと(だからブログを書いていることもある)。

音楽すること(ドラム、ピアノ、歌うこと)

ピアノに関しては楽譜も読めないし、習ったこともないけれど、自分の中にちゃんと残ってる曲は全てではないが何故か弾ける。

最近はベートーヴェンの第九の第四楽章がお気に入り。

ただスマホから音楽を流して弾いていて、スマホの音が小さいため、スマホの音量はMAXにして、ピアノの音を片手で調整しながら弾いている。音も電子ピアノなので、声をハッキリさせたい部分はピアノ、ロングトーンはパイプオルガン、ストリングス系の音はストリングスなど切り替えながら弾いている。

知っている曲で弾けない曲の音をまさに手探りで探して鍵盤を叩いて同じ音を出せる瞬間が、なにか正解を引き当てたようで一番楽しい。

ドラムも今はバンドを組んだりしてないので、膝にタオルを巻いた膝ドラムだが、大好きなLeave No Stoneという曲を叩いて楽しんでいる。

歌うことは最近出来てない。

ピアノを弾いて、それが歌っている代わりになっている感じだ。

本当は好きな曲を思い通りに歌ってみたい。

やはり自分の好きな曲を自由に歌えたら幸せだと思う。

ファッションも好きだ。

自分が惹き付けられるような服に出会えると嬉しい。

ITを使ったソリューションの仕事にも長く関わっていたことがあり、潜在的には困り事解決は好きなのかも知れない。

いまは変わってきた部分はあるが、人に色々教えること、説明することも好きではあったので、そんなことも好きなのかも知れない。

一人でいることも好きだが、沢山ではなく気の合う人達と一緒にいるのも好きだ。

基本口から生まれたと言われるほど、結構おしゃべりなので、そんな感じでブログも書いている部分はある。

中学時代にバドミントンを少しやっていて、今でも好きで極たまにやっている。

こういう状況になり中々施設が使えず出来る機会がないが、またやってみたい。

あのシャトルを打つ感じがとても好きだ。

体を動かすのでリフレッシュもされる。

バドミントンは室内スポーツの中で一番動くスポーツだが昔とった杵柄でサッカーをしていたので、体を動かすことは好きなのでその意味でもまたやってみたい。

目に見えない世界も好きである。目に見えているものが真実とは限らない。

そんな自分の好きが繋がっていったらどんなになるのだろうか。

想像出来ないが楽しい世界が待っていそうである。

Beyoncé, Jennifer, Anika Dreamgirls & Listen ( Medley Oscar 2007)

動画サイトにある2007年に行われた第79回アカデミー賞授賞式の式典の一部が載っている動画をたまたま観た。

内容としては映画『Dreamgirls』の歌を披露している動画だ。

あくまでたまたま観た。

誰かがSNSに載せていたから観た訳ではない。

(あくまで誰かが載せていた訳ではないと言い張ろう)

映画ドリガル』は一度観て非常に感動した。

初っ端に出てくるこの3人のことは殆ど知らず観ていて、明らかに歌が凄すぎて、ある意味呆気に取られていた。

それがかの、ジェニファー・ハドソン、ビヨンセ・ノウルズ(ビヨンセのファーストネームがノウルズと今初めて知ったとは口が裂けても言えない)、アニカ・ノニ・ローズ(アニカ・ノニ・ローズの名前を今初めて知ったことは墓場まで持って行こう)の3人。

映画でのこの3人の歌声は凄かったが、中でも個人的に際立っていると思ったのは、ジェニファー・ハドソン。

どうやらとある映画評論の中にはジェニファー・ハドソンがビヨンセを食ったと書かれているものもあったらしいが、自分が観た時は3人の歌声自体殆ど知らなかったので、ビヨンセをジェニファー・ハドソンが食ったと言われても、ジェニファー・ハドソンの方が凄いと感じてたので、ピンと来なかった。

映画自体も素晴らしいが音楽も素晴らしい。

Listen 、I Am Changingなど素晴らしい曲ばかり。

今回観た動画でも3人の中で個人的にはジェニファー・ハドソンが一番凄いと思った。

踊りたくなるというのか歌いたくなるというのか、何か体が勝手に動き出しそうだ。

はっきり言って3人とも凄いのだが、特にジェニファー・ハドソンの歌声にはシビれた。

そしてListenは映画ではビヨンセが歌っているが、この動画では一部ジェニファー・ハドソンも一緒に歌っている。

あくまで個人的にはジェニファー・ハドソンが歌う方がいい。

映画ドリガルの中でもListenとI Am Changingが一番好きである。

曲自体もちろん良いために好きなのだが、それ以外にも理由がある。

好きな理由はあえて書かないが、素晴らしい曲だと感じる。

そして自分がその歌声を聴いて、素晴らしくシビれる女性アーティストがもし、この場に居たら・・・。

しかもジェニファー・ハドソンと一緒にListenを歌っていたらどんなに感動してシビれていただろうと想像した。

この動画を観ていて、こういうのがエンターテインメントっていうものなんだなぁ…と感じた。

エンターテインメントと言っても幅広いが、これぞまさに、ザ・エンターテインメントだと感じた。

この動画。

熱い。

熱い。

とても熱い。

そして

好きだ。

観ていたら、いてもたってもいられなくなった。

実は映画ドリガルはアマプラで一度観て、余りにも良すぎたため、もう一度観ようと決意した。

そして不覚にもDVDを購入してしまった。

不覚にも購入したというその意味は、アマプラでは無料でこの映画ドリガルは何度でも観れるのだ。

余りにも良かったため、また観ようと意気込み過ぎて無料ということは吹き飛んで、気付いたら『ポチ』としていた。

DVDが届いて喜んでいるさなかにアマプラで無料で観ていたことに気付いたが、DVDには未公開歌唱シーンなどの特典DVDも付いてる2枚組なので、それでよしとした。

ちなみに音楽映画の中でも素晴らしいと感じる映画に『ジャージーボーイズ』がある。

これもアマプラで観たがこちらは有料なので、この映画も音楽も映画自体も素晴らしいので、DVDを『ポチ』した。

この動画に出て来る歌をカバーして歌っているアーティストがいるが、そのアーティストの歌声はとんでもなくシビれて感動する。

こんなにも感動して涙が溢れだしてくる歌声をかつて聴いたことはないというほど凄まじい輝きを放った歌声である。

今回の動画はたまたま動画サイトにあるのを観たということになっているが、本当に素晴らしいと感じた。

また最後の方で男性アーティストが歌っている歌声を聴いて以前から思っていることを思い出した。

それは、地声自体が『良い声』というより、何か本当に奥にある輝かしい魂から溢れだしているからこそ、素晴らしいと感じるのではないかということだ。

そうなると、もし仮に自分自身が自分の一番奥にある魂を輝かせることが出来たら、自分ならではの素晴らしい歌声を出せるのではないかと思った。

これはジェニファーハドソンにも言える気がしている。

そして自分が凄まじく感動してシビれる女性アーティストの歌声も同じだと思った。

その女性アーティストの名前は自分の他のブログを読んだとしても分からないとは思うが、あえて名前を書くことは控えよう。

こうして今回この動画を観たことで、再度映画ドリガルを観たい衝動に駆られて観ることになる。

そして凄まじい輝きを放つ女性アーティストのライブ映像も再度観ることになる。

いつかジェニファー・ハドソンとこの女性アーティストが共演して歌う日が来ることを信じてやまない。

ジェニファー・ハドソンと共演してもなんら遜色のないことはきっと多くの人達に共感してもらえると信じている。

この動画

熱い!!!

熱い!!!

好き!!!

(トナカイのツノ)

ホタル

家に近くの森に

小さな川と沼がある

毎年この頃になると

ホタルが飛んでいる

出会えたホタルは少なかったが

写真と動画におさめた

写りが良い訳ではない

風情があっていいものだ

  

  

また会えるだろうか

変わり者

人からあの人は変わり者だと言われる人がいる


人に対してあの人は変わり者だという人がいる


しかし


人はみんな本来変わり者だ


変わり者でない人などいないだろう


何故なら


人には人それぞれ個性がある


桜にも梅にも名前も知らない野に咲く花にも


それぞれ個性があるように


人間も誰一人として同じ人はいない

 

人間はみな人それぞれ違うから


その意味では人間はみな変わり者なのだ


自分を中心に考えて


自分以外の全ての人を他人というが


自分と同じでなければ変わり者だ


他人からしても


その人からすれば自分と他人は同じではないので


変わり者ということになる


だから


人間はみな変わり者で


変わり者呼ばわりされている人も


変わり者呼ばわりしている人も


同じくみんな変わり者なのだ


個性を輝かせることが出来る時代になっているはずだ


変わり者として輝いていこう


怖がることはない


大丈夫


人はみな変わり者だから

2017年9月29日(金)のモーツァルト

2017年9月29日に放送された

関ジャニ∞のザ・モーツァルト

決勝まで勝ち進んだ鈴木瑛美子が

女王新妻聖子と直接対決した

1回戦目の対決では

シェネルのビリーブを歌う

対戦相手は

著名な音楽プロデューサーが発掘してきた逸材だという両角沙霧ソール

番組では『規格外』と紹介している

結局鈴木瑛美子が勝利するが

負けた両角は『悔しいけど凄かった』という

 

2回戦目は世界的オーディション番組

Xファクター ウクライナ版で

歌ってる途中で審査員から

『アカペラで歌ってみて』

と歌がうますぎて口パクを疑われたとされる

アイーダ・ニコライチェク

鈴木瑛美子自身も

動画などで観て感動していたという

その歌は世界レベルと紹介されている

対戦曲はマライア・キャリーの

『HERO』

結局鈴木瑛美子が勝利する

 

3回戦目は音大卒の異端児と紹介されてる

岡井つばさ

対戦する曲はMISIAの『逢いたくていま』

結局鈴木瑛美子が勝利する

 

そして女王新妻聖子との直接対決となる

その時

鈴木瑛美子は新妻聖子に言う

『やっと3度目の正直で』

『ここまでたどり着くことが出来ました』

『なのでもう後は』

『超えます』

凄く美しくカッコいい

 

新妻聖子との対戦曲は

セリーヌ・ディオンの

『To Love You More』

結局鈴木瑛美子は新妻聖子に

僅差の得点で勝利することはなかった

しかしこの時の鈴木瑛美子の歌

鈴木瑛美子の輝き

終始一貫して

凄まじいの一言に尽きる

葉加瀬太郎をはじめ関ジャニ∞のメンバー

ゲストの人達

そして対戦相手

鈴木瑛美子が歌っている時の全員の表情

ウクライナの歌姫は惹き込まれている

新妻聖子は

何が起きてるのか分からない

というような表情

こんな表情にさせることが出来る人が他にいるのか

その場にいる全員が鈴木瑛美子に魂を鷲掴みにされ、圧倒されているという感じだろうか

 

この番組は一応新妻聖子劇場のような感じになっているが

これは鈴木瑛美子劇場

鈴木瑛美子の歌

表現力

ソウル

家族の絆

そして鈴木瑛美子の美しさ

可愛いというレベルではない

崇高であまりにも美しい

この時のモーツァルト

鈴木瑛美子の魅力が詰まった

映像作品だと思う

 

歌に関してどうやって書こうかと

いつも思案するがうまく書けない

番組で『規格外』と紹介された

両角沙霧にしても

ウクライナの歌姫

アイーダ・ニコライチェクにしても

凄い相手が出てくれば出てくるほど

鈴木瑛美子の凄さが逆に際立つ

 

鈴木瑛美子の歌声

(歌声だけではないのだが)

声の響きということになるのだろうが

声の輝きという感じ

凄い輝き

歌詞から伝わってくるものも超えて何かが心に届いてくる

深く刺さるというのか深く染み渡るというのかなんと言えばいいのか分からない

川の流れのように

静かにゆるやかに

全てを優しくねじ伏せていく

 

話は飛ぶが

以前営業時代のお客さんで

初訪問時にベースを披露してくれた

税理士なのにベースがめちゃうまい方がいた

その方に質問された

『楽器の中で一番凄いと思うのは何か?』

自分は少し考えて答えた

『ピアノ…ですかね』

その方曰く

『声』

『声楽』という言葉があるが

どうやら『器楽』の対語

つまり『器楽』は楽器による音楽の演奏のことをいうらしいが

それに対する声による音楽の演奏のことを

『声楽』というらしい

鈴木瑛美子の歌を聴いていて

歌詞を超えて心に届いてくるのは

最高の楽器としての『声』の響きであり輝き

まさに『声』で最高の音楽を奏でている

鈴木瑛美子の歌で

初めてその税理士のいう意味が分かった気がする

 

この回の放送から感じるものは

中々文章には出来ないが

歌声

表情

表現力

戦っている姿勢

真剣さ

一生懸命さ

一途さ

全身からあふれ出るもの

自信…

自信とは読んで字の如く

自分を信じることだが

あたかも鈴木瑛美子が

自分を信じるとはこういうことなんだと

見せてくれている気がする

『To Love You More』を歌った後の

やり切った感じ

出し切った感じ

本人曰く

『私の今までの 今まで歌ってきた 全てをかけて歌いました』

葉加瀬太郎は

『いい音楽だった』と言っている

対戦相手と聴き比べて

他の全ての対戦相手と決定的に違うものがある

うまく言葉が見つからないが

鈴木瑛美子の歌には、唯一無二の存在としての

鈴木瑛美子の今まで生きてきた生き方そのものが輝きとして顕れている

 

モーツァルトはカラオケバトルだが

そういう次元は超えているが

鈴木瑛美子の凄さが際立っている

 

比較するのが自分の好きな野球アニメ

メジャーになってしまうが

主役のピッチャー茂野吾郎

メジャー最高峰のワールドシリーズの

決勝の大舞台で

全てを圧倒し

対戦相手はただ沈黙…

ジョー・ギブソンから祝福される

鈴木瑛美子に同じものを感じる

本当に凄いと思う

きっとこれからも鈴木瑛美子のことは

書き続けるが

この時のモーツァルトのことは

また書くかも知れない

無謀な挑戦はこれからも続く

黒船がやって来た

最近家にApple TVがやって来た

前からスマホの画面がテレビで観れたら

どれだけいいだろうかと

思ってた

動画も相当数作った

You Tubeも観れる

映画もApple TVのコンテンツ以外にも

アマゾンプライムビデオ

ネットフリックス

色々観れる

アマゾンのプライムビデオ

まずはとりあえずお試し


配信数だけでは分からない

観たい映画がなければ意味がない



例え話に全くならないが

カラオケはJOYSOUNDが好きだ

歌いたい曲が多い



やはりというか

スマホもリモコンになる

まだSiriには慣れてないので

専用リモコンとスマホ

どちらがいいかは分からない


いずれにしても

Apple TV

あるととても楽しい

今後ますます活躍するだろう

作曲

知り合いと話している中で

たまたま作曲の話になった

自分は作曲は出来ない

ただ

写真は意外と褒められる

今までは気に留めてなかったが

風景とかの写真を良く撮るが

見返すと

確かに素晴らしいと感じる写真がある

鈴木瑛美子の神回の映像にしても

素晴らしい瞬間を見つけて

『あの顔、凄いね』



その素晴らしさに気付ける


風景で考えても

みんな同じ風景は見ているが

その風景から素晴らしい瞬間を

撮れるかどうかはその撮る人に

かかっている

うまい例えが見つからないが

情報も

情報化社会と言われて久しいが

情報が溢れてる中で

どういう情報を選択して

どう活かすかは

その人にかかっている


ふと思った

そういえば

音楽も

ドレミという音階は誰でも知ってる

音階は誰にも平等に与えられている

そこからどんな音符の組み合わせで

曲を作るのかはその人にかかってる



最近ハマっている

きっとずっとハマり続ける

喜びの音楽を作った

5SOS

その喜びの音楽

She Looks So Perfect

あんな単純なメロディなのに

あんな単純な感じなのに

あんなに楽しい


映像は一見

服を脱いだり

えっ

となるかも知れないが

映像全体から受け取るものは

音楽と相まって

喜びとなる

曲だけでも喜びだが

映像と合わせて観ても

喜びとなる

なんであんな曲が作れるのか

不思議だ

クラシックはまだ

楽器も沢山あり

複雑さもあり

喜びの音楽を作る要素は

沢山あるような気がする

しかし

5SOSのあの曲は

クラシックとは全く違う

それなのに

あんなに楽しい

喜べる


知り合いで

動画サイトに自分の作詞作曲した曲を

自ら歌い載せている人がいる

その人が言っていた

『〇〇さんにも出来ますよ』

その時はとんでもないと思ってたが

もしかすると出来るかもと

思い始めてきた

いずれにせよ

平等に与えられたドレミの音階

発想を変えていったら

もしかすると

もしかするかも知れない