Googleマップ口コミの衝撃

つい最近、たまたまGoogleからメールが来ていた。

何かと思って読んでみると、3年前にたまたま購入した自転車屋さんの口コミで、余りにも対応が良かったため、書いたものだった。

一言すれば、『対応がすごい良いのでお勧めです』という旨を書いたのだが(そこそこ長文だが)それが注目を浴びたようで、自分でもびっくりしたが、閲覧数が5000を超えたという(正確には5324回だった)。

このブログを読んだ総数以上に、たまたま書いた一軒の自転車屋さんの、たった一つの文章が5000と言う驚きの閲覧数になっていた。

自分は基本的に口コミは書かない。たまに書くことはあるが、面倒なので書かない。

基本的に自分のブログを書くスタンスは、『気の向くままに、書きたい時に書く』、、、なので、誰かの役に立つ文章というのは意識してはいない。

ブログを書く基本として、人が読んで役に立つ文章を書く、、、とか、テーマを絞って書く、、、など、書き方に関して色々あるのは知っているが、基本それは考えて書いてはいない。

書きたくなり意識して誰かのために書くことはあるが、基本は自由に表現する場がこのブログなので、敢えて何もテーマも決めず、気の向くままに書いている。

恐らく文章力はそこそこ?あるので、Googleで書いた自転車屋さんのように、役立つ情報を発信すれば、読者も増えるのは分かっているが、今はそれはしない。

読みたい人は読みつづけるだろうし、読みたくない人はいずれ離れて行くだろう。

今はそれで良いと思っている。

何か仕事的になりそうだし、うまく言えないが、閲覧数にも実はそれ程こだわっていない。

なので変わらぬスタンスで、今は書いていこうと思う。

しかし自分のたまたま書いた、口コミが5000の閲覧数になったのは驚きだ。

いつか役立つ要素も入れて書くことがあるかも知れない。

クワイアの思い出

最近音楽のお宝探しで思い出したことがある。

それは、『クワイアの思い出』


実はかくいう自分は小学生の時に、3年間、地域のとあるクワイア、つまり合唱団に属して、様々な所で歌を皆で披露していた。

当時は応募人数も結構あったらしく、オーディションもあり、自分もオーディションに参加。
その後面接があり、色々聞かれて、後日合格の一報があり、はれてクワイアの一員として、歌を歌っていた。

当時は受かると思ってなかったが、たまたま実家に残っていた、小学生一年と二年の時の担任の先生の通知表の、音楽の評価としてコメントがあった。

今でもとってあるが、『美声で声量もあり、高音もしっかりしている』、、、旨のことが書かれていた。


2年連続でコメント欄にそう書かれていたので、きっとそうだったのだろう。

その後相当前だが大人になって、たまたま実家で、見知らぬカセットテープを発見。

かけて聴いてみると、美しいファルセットで歌う、まだ小学生の自分の声だと分かった。

正直、自分でも聴いて衝撃を受けた。
大袈裟ではなく、まるでウィーン少年少女合唱団のような、透き通った美しいファルセットだった。

『こんなに素晴らしい歌声だったんだ、、、そりゃ受かるわ』、、、などと思ったものだった。

しかし色々な歌を歌う中で、たまに1人がリードボーカル的に歌うことがあったが、自分は一度もリードボーカルをしたことはなかった。

つまり上には上がいるということだろう。

当時のことは殆ど覚えてないが、その後大人になって実家に帰省した際に、ある時父親から、『お前はよくテレビの前で、好きなCMがかかると歌いながら踊っていた』と話していた。

自分はいわばニワトリの刷り込みのようにクラシック音楽が好きになったが、覚えているのは、『おもちゃのシンフォニー』という曲の第三楽章で、同じメロディが3回続けて繰り返されるのだが、徐々にスピードがあがり、それが楽しくて、家の中をぐるぐると走り回っていた。

クラシックの影響でクワイアに入った訳ではないが、音楽に対する感受性は豊かになったと思われる。

月2回〜3回の練習で大会に出たりしていた。

そしていよいよ中学生になる、クワイアを卒業する時のこと。

恐らく最後の練習だった気がするが、別れを惜しんで泣いてくれた男の子がいた。

彼は涙を流して笑顔で握手をしながら別れたのがずっと心の奥にあり、その後名簿など探したが無く、当時同じ小学校でクワイアに属していた人にも名簿を探してもらったが、結局見つかることはなかった。

そしてその頃は歌番組で好きな曲があれば、押し入れに入って大声で歌っていたが、悲しいかな、男性特有の『変声期』になり、あれだけ綺麗に出ていた高音が出なくなり、それでも女性ボーカルの歌も同じキーで歌い続けている間に、ある意味喉が潰れて、高音が全く出なくなった。

その後歌とは無縁となり、いつしかカラオケが苦手になっていた。

しかし、最近はしばらくカラオケは行っていないが、出ないと思っていた音が出ることが分かり、思っていた以上に高音が出せるようになってきていた。

流石に昔のようには行かないが、歌を忘れたカナリアではないが、また自分自身でも歌って音楽を愉しみたいと思っている。

音楽のお宝探しを観ていて、ふと昔の記憶が蘇った。

これからも自分の音楽の愉しみ方を追求していこうと思う。

限界を決めるのは、他ならぬ自分自身である。

習ったこともないピアノを弾いている自分がいる。

色々な曲もチャレンジして弾けるようになっている。

歌も色々チャレンジして、気持ち良く歌えるようになってみたい。

これからも音楽のお宝探しは続けるが、自分の出来る音楽も追求していきたいと思う。


3年目を迎えて

ブログを始めて、今月の6日で3年目を迎えた。

元々は知人向けにLINEでノートを作成して書いて見せていたが、褒められることもあったため、思い切ってブログを始めた。

英語のサポートしかなく(当時はパソコンでサポートのやり取りをしていたが現在はスマホの日本語でのサポートを受けている)、当時はGoogle翻訳を使いながら手探りで始めたものだった。

名前も軽い気持ちで書けるよう、なんのひねりもなく、『軽気でブログ』とすぐに命名した。

くだらないものから真面目なもの、音楽のことや、その他自分自身の経験なども書いて来た。

3年目を迎えて、投稿数は140になっていた。

読んでいる方の国もアメリカや中国、カナダやフランス、様々な国の方々が訪れている。

余り投稿数にこだわりはない。

ただ感じたことや考えたこと、経験したことを、気が向いた時に書いている。

そうでなければここまで続かなかったかも知れない。

これからも、そんなスタンスで、ふと思い出したことや感じたこと、自由に自分を表現する場として、ブログを書いていきたい。

誤字脱字も訂正しないこともあるが、それでも読んで下さる方々がいる。

この場を借りて感謝申し上げます。

これからも気の向くまま書いていきます。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

2022年8月30日 3年目によせて

3度目のトップガンマーヴェリック

まさかと自分でも思った。

これで3度目となる『トップガンマーヴェリック』を観た。

恐らく同じ映画を3回観たのは初めてだ。


さすがに3度も観るとストーリーは分かっているが、やはり映画館で観て良かったと思う。


実は初めて観た時からずっとあのバーの女性のことが違和感となり気になっていた。

前作には出ておらず、それとなく女性の位置付けや背景は分かったのだが、マーヴェリックでさえ生きては帰れぬ可能性のあるミッションを終えて帰還し、ルースとの確執を乗り越えて終われば良かったのに、、、、と思っていた。

あの女性との最後のプロペラ機での飛行で終わるのが、感動している自分にとっては甚だ疑問だった。

しかし3度目にして自分としての、その女性が出て来る意味に気付いた感じになった。

マーヴェリックほど、戦闘での戦いの恐ろしさや生きては帰れぬ保証などない過酷さを知り尽くしたパイロットは居ないだろう。

トップガン、つまり戦闘機乗りのエリート集団であっても、実践経験、撃墜経験は殆ど皆無だ。

1人名前は忘れたが、1機撃墜した経験者はいるが、前時代のミグだ。

その中でマーヴェリックだけが実践経験と叙勲を受けるほどの功績を残しながら、昇進も拒み、大佐としてパイロットでいることにとどまり現役を続けて来た。

そんな彼には女性との出会いは一服の清涼剤ではないが、それくらいはあっても良いと思う。

ルースターと話し会う中で、ルースターから『身寄りのない、、、、云々』と言われるが、恐らくマーヴェリックはルースターの父であるグースとの死別やその他の経験から、結婚したとしても、いつ家族を失う辛さを経験させてしまうか分からない彼のパイロット人生に、結婚の道を選ばなかったのだろうと思う。

なので1人で生きて来たと思う。

今回のミッションの成功で、彼の今後の軍の対応はどうなるかは知る由もないが、自分としてはここまで『伝説パイロット』として生きて、トップガンを率いて超難関ミッションを終えたマーヴェリックには、『マーヴェリック』ではなく、『ピート・ミッチェル』として、安らぎの日々を、安息の日々を愛する人と共に生きて欲しいと思う。

今回は迫力とか生死を分ける戦いに勝利するマーヴェリックの感動の物語というより、1人のパイロットである前に、1人の人間として、平穏な生活を生きていって欲しいと願うような気持になった。

『パイロットであることが人生そのもの』と映画の中でマーヴェリックは話しているが、感動という言葉では表せない。

この映画の監督は『空を飛ぶことへのラブレター』と言っていたが、今日の自分としては、『かけがえのない命の大切さを知り尽くした1人のパイロットの人生』と言いたい。

次回作が作られるかは不明だが、あれば必ず観に行きたい。

トップガンマーヴェリック。

とても良い映画ではないだろうか。

捉え方

たまたま、ふと思ったことがある。

それは物事の捉え方(見方)のことだ。

極端に例えれば、牢獄のような狭い所に入れられたとする。

極端な例なので、人によるが、『こんな狭い牢獄のような場所に入れられるなんて、酷いもんだ』と捉えたとする。

しかし捉え方(見方)を変えれば、『この牢獄のような狭い場所に入っているけど、それによって外部から守られてる』と捉えることも出来る。

要はリフレーミング(対象の枠組みを変えて別の感じ方を持たせること)のことを指しているのだが、卑近な例で言えば、本は表紙しか見ないと、その部分からしか見えないが、本の背表紙から見るとまた別の見方になる、、、、このように一方向からだけしか見るのではなく、別の方向から見れば、見え方は全く変わる。

雨についても、『こんな雨が降って気分が滅入ってしまう』と捉えることも出来るが、『これで植物など(人間でもそうだが)恵みの雨になって良かった』と捉えることも出来る。

どのような出来事が起こったとしても、それは見方を変えれば、良い意味として感じることもあれば、悪い意味として感じることも出来る。

要は捉え方1つで違った感じ方になる。

リフレーミングについては結構学んだが、やはり幼少期からの環境や親の影響などで、捉え方に影響を受けているようだ。

余り良い捉え方が出来ないと思ったとしても、練習次第で幾らでも変えることが出来る。

前述の本の表紙のように、色々な角度から見れば違った見方が出来ていくものだ。

かくいう自分も昔はそのようなことは出来なかった。

しかし、あることをきっかけに、いつの間にか自然に出来るようになり、更に学んだことで、様々な見方、捉え方が出来るようになった。

誰しも困難な状況に感じることも、見方を変えれば違う感じ方が出来、その積み重ねで自分の人生にプラスにさせることが出来るようになるはずた。

今、困難な状況にある人も、見方を変える練習をしてみて、違った感じ方を体験すれば、楽になっていくと思う。

どうしても出来ない場合もあるだろう。

しかし、出来る範囲でやっていけば、その後の人生が変わることを実感出来るはずだ。

今でも自分は物事の捉え方を変えていくようにしているが、当然出来ない場合もある。

しかし、自分のペースで出来る範囲で、これからも、この『物事の捉え方』、『物事の見方』を変えて、自分自身の人生をより良きものとしていきたい。

対話の重要性

最近たまたま思い出したことがある。

結論から言えば『対話の重要性』だ。

人と人との交流は様々な場面で行われるが、人によっては『何となく話したくないなぁ』など、その人の雰囲気や見た目で対話することをやめる場合もある。

しかし、人はやはり話してみないとその人の本当の人間性などは分からない。

自分も以前直販営業をしていた頃、慣れて来ると、何となく『この顧客とは話したくない、、、』と、2度とその顧客には行かないこともあった。

営業なので、そんなことは言っていられない場面も沢山あったが、その場合は売れそうなら、やはり話すしかないので、対話とはニュアンスは違うが、話すことは多々あった。

ただ、どんな人であれ、交流しようとする前から、『何となく、、、』で、終わってしまうと、その人のことは分からず、実は自分にとって気の合う人であったり、実りある対話が出来るチャンスを逃し、交流の広がりを狭めてしまうことになりかねない。

やはり人と人との交流(コミュニケーション)は人間にとって大切だと思う。

少し逸れるが、以前何かで読んだ印象深い対話のことを書いてあるものを読んだ。

それは確か『哲学対話』と呼ばれるもので、実際にこの哲学対話をする人がいた。
名前は忘れたが、荒れた高校に招聘され、こんな学校の生徒は、ひどいやつしかいない、、、、とレッテルを貼られていた学校に来た。

そこへその人が哲学対話を持ち込み、ファシリテーター(対話を促進、手助けする人)と一緒に、車座になって生徒達に、確か何かテーマを与えて喋らせていくようにした(自由に、、だったかも知れない)。

すると、何も考えてなさそうな生徒から、素晴らしい考えを話し出し、それから対話が弾み、次々と対話が成り立ち、若いながらも素晴らしい考え方を持っていることが分かった。ファシリテーターの存在があったこともあるが。

確か同席していた担任の先生もかなりの衝撃を受けたようだ。

やはり人は見た目や雰囲気だけでは分からないものだと、そして今の若い人達は、哲学対話が出来る人やファシリテーターの存在で、全く印象が変わることを教えてもらったようだった。

例え哲学対話が出来なくても、誰でも自分なりの考え方や思いはあり、対話を通してその人のことを理解することは重要だと思う。

因みに、この哲学対話を行った学校はその後偏差値が相当上がり、今まではそんなにレベルの高い大学へ入学した人は誰1人としていなかったのが、青山学院大学など、有名校に合格する生徒が出て来て、以前貼られていたレッテルは影をひそめたようだ。

これは対話の重要性の1つの側面と言えるかも知れないし、哲学対話で自分に自信が持てるようになった証なのかも知れない。

やはり人は対話してみないと本当のところは分からないのではないだろうか。

中には一目みて、どんな人物かを見抜く偉大な人もいるが、それはさておき、対話をすることで、その人の本当の人間性が分かるのだと思う。

闇雲に誰でも話せば良いというものではないが、対話することの重要性はある意味普遍的なものかも知れない。

前代未聞!横田基地友好際2022の衝撃

以前ブログに横田基地友好際2022に行けなかったことを書いた。

たまたま、そう言えばYouTubeなら載っているだろうと観てみた。

飛ばしながら観ていたが、これまたなんたることだ!!!

今回のイベントには何と!

エアフォースワン(大統領専用機)が来ていた。

しかも単なる見せ物ではない。

バイデン大統領を乗せて飛来して来ていた。

通常、羽田空港か横田基地に来るようだが、今回は5月22日にバイデン大統領を乗せたエアフォースワンが来ていた。

因みに、大統領が乗るアメリカ空軍機のコールサインのことを『エアフォースワン』と呼び、実際に使われている機体の名前はVC-25である。

そして大統領が乗ってない場合はコールサインは使ってないので『エアフォースワン』とは呼ばない。

アメリカ陸軍機に大統領が搭乗した場合には、『アーミーワン』、海軍機の場合は『ネイビーワン』となる。

今回はアメリカ空軍機に大統領が搭乗していたため、エアフォースワンとコールサインが使われていた。

それでもこのVC-25の機体を見るだけでも永久にないかも知れない。

バイデン大統領の姿は流石に見えなかったようだが、すぐに海兵隊の大統領専用ヘリコプター、通称マリーンワンに乗り換えて、赤坂へ向かったようだ。

バイデン大統領も見てみたいのはあるが、エアフォースワンを観れる機会など、恐らくないだろう。

観に行けていれば、海兵隊のヘリコプターマリーンワンまで観れた。

エアフォースワンは映画でも登場(本物かは不明)しているが、大統領が乗るために、様々な対策がなされている。

分かりやすい例で言えば、トップガンマーヴェリックでもミサイルから逃げる時に使う、フレア(ミサイルをそちらにそらせる装置)も装備されている。

因みにトップガンマーヴェリックにも登場したF35も展示されていたようだ。

また、知らなかったのは、エアフォースワンには、副務機と呼ばれる、要はバックアップ機もあり、今回はもちろん同行していた。

更に核戦争になっても大統領達が指揮をとれるよう、動くホワイトハウスと言えば良いだろうか、もう一機も飛来していた。

来年ことは分からないが、もう二度とエアフォースワンを実際に観ることはないかも知れない。

ショックを通り越して言葉にはならない。

エアフォースワンに副務機、動くホワイトハウス、マリーンワン、、、、。

ショックが大き過ぎて自失呆然だ。

本当に来年こそは必ず横田基地友好際を観に行く。

必ず、、、、、

マイナスの極を楽しむ

最近目にしたとある文章でとても印象に残る文章があった。

はっとするものを感じる人もいると思うが紹介したい。

【 人生はプラスの面もマイナスの面も共に備えています。 この二分化が地球の基本的 な性格です。

エネルギーは常に動いているので1つの極にとどまる事はありません。

例えば、人生がプラスの極を離れてマイナスの極へ向かいだすといろいろな困難が 生じてきます。 

するとつい 「自分が間違ってしまっているのではないか、 何か自分が 間違った事をしたからではないか」と1つの極からもう一つの極への自然な動きをそ のまま素直に認めようとしなくなります。

こういう態度の裏にあるのは、 子供時代からの習性です。

子供が 『なんだか悲しくて寂しくて怖い』 と言うと親はそこから目を逸らすようにアドバイスします。 

『悲しかったり、寂しくなったり、怖くなったりしてもいいのよ』とは、言ってくれる親は殆ど居ないのではないでしょうか。

『エネルギーが自然に流れているとき』に、幸せから憂鬱へと変化するのは正しいことです。 

しかし、 『エネルギーが流れていないとき』 には、 怖れは肉体の一部となり、肉体は硬くこわばって収縮してしまいます。

恐れを感じて、『動いてはいけない』と自分の体にいいきかすと、体はちゃんと動か なくなります。 

自分が感じていることを、体はそのとおりに実現するのです。 勇気を持って自分の中のマイナスの極の感情に向き合い、それをじっくり感じることです。

両極の間を、 自由に行ったり来たり出来るようになると人生の素晴らしさは、まさにその動きそのものにある、 ということが分かります 】

これが出来る人は人生の達人と言っても過言ではないだろうと思う。

世界で唯一神の声を持つ男

たまたま音楽の宝探しをしていて、たまたま流れて来た動画の中に、ミュージカルの『レ・ミゼラブル』の動画の一部があった。

それは以前かなり前にたまたま見つけた動画の一部だけのものだったが、もう一度あの素晴らしい、レ・ミゼラブルのいわば『コンサートバージョン』、、、レ・ミゼラブルの25周年を記念して行われたものを観たくなり探した。

しかし、25周年の映像の全てが載っているものは、以前はあったはずが、無くなっているのか、見つからず、10周年記念のものを流しなら観た。

結構?前だが、これを流しながらピアノを弾いていた。
全てを弾ける訳ではないが、自分の好きな、コゼットの出て来るシーンの曲(曲名は忘れた)、夫婦で営む、コゼットをこき使うインチキ酒屋の出て来る曲(これも曲名は忘れた)、オン・マイ・オウン、ブリング・ヒム・ホーム、Do You Hear The People Sing、One Day More、、、等々だ。

ただし、自分の中で音が定着しているものしか弾けないので、ミュージカルやクラシックもそうだが、メインの旋律がどれか分からなくなることがあるので、複数の音が聴こえる中でも定着しているものを弾く。

動画は全て観ると2時間を超えるので、飛ばして観ていたが、ふと、あることを思い出した。

それは、レ・ミゼラブルの初代ジャンバル・ジャン役の、「コルム・ウィルキンソン』のことである。

この10周年記念コンサートでもジャン・バルジャン役を務めて、素晴らしい歌声を披露しているが、彼のことを初演となる、イギリスのロンドン公演に抜擢したのは、レ・ミゼラブルのプロデューサー、キャメロン・マッキントッシュという人物だ。

彼曰く、コルム・ウィルキンソンの歌声を聴き、神々しさを感じ、『世界で唯一神の声を持つ』と称賛した。


レ・ミゼラブルのオリジナル版演出家、ジョン・ケアードは、オーディションでジャン・バルジャンを探していたが、難航していたようだ。
理由は作曲家が、バリトンで屈強な人を探していたためだったそうだ。

しかし、コルム・ウィルキンソンがオーディションで歌ったのを聴いて、その歌い方に、ドラマティクでとてつもないパワーを感じ、ジャン・バルジャンの強いキャラクターは、低くて重い声よりも、彼の高く情熱的な歌声で的確に表現出来ると気付かされたそうだ。

結局、こうした経緯でジャン・バルジャンはコルム・ウィルキンソンで決まったようだ。

なので、レ・ミゼラブルは、コルム・ウィルキンソンの個性を活かして作られた言っても過言ではないと別の動画では紹介している。

またアメリカのブロードウェイでの初演を行うにあたり、プロデューサーは一つの条件を挙げたそうで、それは、『コルム・ウィルキンソンが出演しないなら公演は行わない』、、、ということだった。

コルム・ウィルキンソンなくして、レミゼラブルはあり得ないと考えていたようだ。


また、コルム・ウィルキンソンという偉大な歌手が居るのに、彼にふさわしい曲がないということに気付き、そこであの、『ブリング・ヒム・ホーム』が作られたようだ。

彼については、『世界中のテノール歌手が今も真似し続ける歌唱法を作った人』だとも言われている。

また、実はミュージカルの『オペラ座の怪人』も初演はコルム・ウィルキンソンになる予定だったそうだ。

実際、初演が行われる前年の関係者向けの主演のファントムを演じたのは、コルム・ウィルキンソンだった。

しかし、何故、オペラ座の怪人のファントムをコルム・ウィルキンソンが演じなかったのか、、、

それは、その前に、レ・ミゼラブルの初演のジャン・バルジャン役にコルム・ウィルキンソンの出演が決まっていたため、断念せざるを得ず、別の俳優になった。

しかし、その後カナダのトロントで行われたオペラ座の怪人は、コルム・ウィルキンソンがファントムを演じ、4年半に及ぶロングランで、延べ1700回以上に及ぶ主演を務めたそうだ。

『唯一の神の声を持つ』と称賛される、コルム・ウィルキンソンは、実は映画のレ・ミゼラブルの司教役を務めている。
冒頭の方で出てくる、再び盗みをしてしまうジャン・バルジャンを庇うあの、老人司教と言えば、映画を観た人なら分かるだろう。

自分は映画は確か2回観たのにその時は気付かなかった。

しかし、今回のこの10周年記念コンサートの動画を観れば分かるが、確かに一体どうやってあんな声が出るのか?と思う素晴らしい歌声である。

優しい繊細な声を出したかと思えば、非常に力強い声も出す。
これは観て聴かないと伝わらないし、自分の表現力では書けない。
やはり百聞は一見にしかず、、、だ。

今回は飛ばしながら観たが、以前は全編観て、非常に感動して涙が溢れたのを思い出した。

この10周年記念コンサートでは、最後に素晴らしい、感動する終わり方をするので、観ていない方はぜひ観て欲しいと思う。

日本で2回、アメリカで1回観た、ミュージカル、レ・ミゼラブル。

アメリカでこのコルム・ウィルキンソンが出ていたかはもう覚えてないが、彼は2015年に来日していて、その時素晴らしい歌声を披露していたようだ。

もう80歳近い年齢で、これからも、レ・ミゼラブルに出演するかは当然分からないが、この映像を観ていて、コルム・ウィルキンソンの出演するレ・ミゼラブルを一度でいいから観てみたいと強く感じた。

歌詞の和訳は無くても、その素晴らしさに、様々な感情が溢れて来るのは間違いない。

まさに、レ・ミゼラブルの生みの親と言っても過言ではないと思う。

コルム・ウィルキンソンの名前は永久に残るだろう。