1日13本で過去最高

それは北陸に居た時の、とある日のこと。

季節は真夏だった。

元々北陸は雨の日が多い。

そんな時、たまたまテレビで台風が近づいて来ることを知った。

自分は雨でもバス釣りには行くので、カッパを着ながらバス釣りをする。

ただ、かなり防水効果は落ち、結構濡れてしまう。

ただでさえ、ここの水は元々ステインウォーター(濁りのあるやや茶色の水)なのだが、雨が降った時は、マッディーウォーター(泥のように濁った水)になってしまう。

それでも釣れるのだが、今回は台風だ。

そんな時、ふと、『そう言えば、バスは天気のことを良く分かっていて、台風が来ると餌が流されてしまうので、その前に捕食行動を取るはずだったよなぁ、、、』と思い出した。

それならば、、、、と、次の休みの日は台風が来る前日辺りになるため、行くことにした(土日は必ず行くのだが)。

当日になると、朝から空は異様な感じになっている。

小雨もパラついている。

風も結構吹いている。

まさに台風が来そうな雰囲気である。

既にハニースポットの水門の水はほぼマッディーウォーターになっている。

しかし、バスは捕食行動に出るはずだと、確実に釣れるやり方も含めて、釣り始めた。

早朝、まだ6時前だ。

まずはいつもパターンでやると、すぐに45センチ程のバスが釣れた。

ここまではいつものこと。

そして、試しに別のポイントでやると、45アップのバスが釣れた。

『これはいつもと違う。やはり台風の恩恵か』と思いながら釣りを続ける。

こうなると、いつもの釣り方はやめて、このポイント内を移動しながら釣ってみる。

すると普段なら釣れないはずだが、面白いようにバスが釣れ始めた。

何投かするとすぐに釣れる。

もう夢中になって投げ続けた。

短時間の間にどこから投げても釣れるのだ。

しかもサイズは45以上。

そしてたまたま、ここで初めてであろう30センチ程のバスが釣れた。

ここの平均サイズから考えると小さいが、それでも釣り続ける。

この状態でこんなに釣れるのかと思う程、釣れ続けた。

1つのポイントでである。

通常では同じポイント付近でこんなに釣ったらバスに見切られるだろうと思うが、やはり台風効果か、釣れ続ける。

どのくらい時間が経っただろう、時間が経つのを忘れて釣っていたが、時間の問題やその後の予定のこともあり、途中で切り上げることにした。

釣れる毎に写真を撮っていたので、後から何本釣れたか数えたら、何と13本。

数だけで言えば過去最高だった。

サイズも30センチ程のバス以外は、殆ど45アップ。

自分の感覚的なサイズで、ここの平均サイズの48センチも何本か釣れた。

結局この日は誰もこのポイントに来なかったが(いつものことだが)、サイズだけでなく、これほどの数を短時間で釣れたことは、このハニースポットでさえ、過去一度も無かった。

カッパを脱いで、車の中で一息ついて、遅めの朝ご飯を食べて、家路に着くことにした。

これだからバス釣りはやめられない。

こうしてまた、バス釣りを続ける日々が続いて行く。

帰りは上機嫌で家路についた。

The Prayer

先日、自分のオペラの壁を破った、クリスティーナ・ラモスと、サラ・ブライトマンのことを書いた。

そして、またまたAGT関連の動画を観てて、かねてから気になっていた、男女のデュオの曲を聴いた。

そしてオペラは苦手どころか完全に大好きになった。

表題の曲は、恐らくAGTかBGT(ブリテン)のものだと思うが、感動し過ぎて涙が溢れて来た。

一応ポップの分野になるようだが、自分にはオペラに聴こえる。

ただ、原曲はポップ・コラボレーションなるものらしいので、オペラの要素も入っていると思われる。

歌っているのは、『ジョナサン&シャーロット』

一般人だ。

YouTubeで『これからも二人だ』ジョナサン&シャーロットを一気見!』

と検索すれば出て来る。

苦手だったオペラを一般人の二人が歌うオペラで、もう完全にオペラは大好きな分野になった。

それはこの二人のおかげだ。

歌っている二人に感謝したい。

この感動を是非観て欲しい。

日米友好祭2022

たまたま先日観た『マーヴェリック』のことを思い出して、そう言えばコロナの影響で、2019年に行った日米友好祭はそれ以降中止になっていたよなぁ、、、と思って、今年はどうなのかと調べた。

なんたることか!!!

日米友好祭は毎年9月に行われていたのだが、昨年9月の中止告知時に、『2022年は5月に会いましょう』とメッセージが出ていたようだ。

そしてネットで調べると5月21日(土)と5月22日(日)の2日間で行われたとのこと。

あのカッコいい憲兵さんの写真が、、、、

あのアメリカにいる雰囲気が、、、

あのステーキやハンバーガーが、、、

ショックは余りにも大きかった。

手軽にアメリカに行けるのだ。

横田基地は(アメリカ軍基地全般であろうが)、治外法権でアメリカの法律が適用されることもあり、いわば日本の中にある、『アメリカ』なのだ。

建物から緊急車両も含めてアメリカのものだ。

2019年に行った時は写真も撮り、恐らくまだ現役であろう飛行機達も展示されていたり、様々な催し物が行われる。

このブログにもその時の様子は書いてある。

あの雰囲気の中で食べるステーキなどは、味は格別とは言えないが、やはり雰囲気と相まって、特別なものがある。

せっかく思い出した日米友好祭。

このガッカリ感は表現出来ないが、来年はあることを期待したい。

トップガン・マーヴェリック

遂に彼が帰ってきた。

その名は『ピート・’’マーヴェリック”ミッチェル』

つまりトム・クルーズであり、映画『トップガン・マーヴェリック』だ。

遂に公開されたのだ。


この映画は確か2回程延期されて、『え、また延期?』と当時嘆いていた記憶がある。

この映画はパラマウント映画が、ジェリー・ブラッカイマーと、トニー・スコットに『トップガン』の続編制作を提案し、続編企画が始動したようだ。

そして、トニー・スコットは、どこかでみた名前だなぁ、、、、と調べてみたら、先日ブログに書いた、『エネミー・オブ・アメリカ』の監督でもあった。

そして、そもそも、初代『トップガン』の監督でもある。

以前からYouTubeでトップガンの続編である、『マーヴェリック』(長いので省略するが)のことは観ていた。

そして実はブログにもこの映画のことは書いてある。

その中で監督の言葉が心に残っている。

『空を飛ぶことへのラブレター』


映画自体内容は書く訳には行かないが、YouTubeを観れば分かるが、実はトム・クルーズを始め、戦闘機に乗る出演者は、実際に戦闘機を操縦して、更にカメラまで撮っている(操作している)という、前代未聞のとんでもないことをしている。

全てのシーンで戦闘機を操縦しているのかは定かではないが、役者が戦闘機を操縦するとは、良い意味でクレイジーだ。

そして前作とは違う意味で、感動して涙する。

具体的には内容は書かないが、より重層的な感じになっていると思う。

ともかく、ようやくこの時がやって来た。

待ち遠しいと書いた映画はこの映画のことだった。

何せ本来の公開より、約2年待ったのだ。

そして、以前から軍事関係などにも興味を持っているとも書いたが、映画の中で出て来る戦闘機は、名前は調べなくても知ってる。

機種も書かないが、これを操縦するなど本当に考えられない。

出演者は相当多岐に亘る訓練をしたようだ。

迫力で言えばとてつもない迫力がある。

そして感動もする。

約2時間の映画は、買ったジュースを飲むことを忘れる程、映画の世界にのめり込むものだった。

書きたいことは沢山あるが、これ以上書くとネタバレになってしまいそうなので、やめておく。

この映画は、自分は間違いなくお薦めする映画だ。

まだ感動冷めやらぬ感じだ。

映画館で観て本当に良かった。

(く〜、、もっと書きたい〜、、、)





Time To Say Goodbye

先日AGTの字幕付きの動画を観てて、クリスティーナ・ラモスのことを書いた。

まさにOMG!!!なのだが、聴いていて、思い出したことがある。

クリスティーナ・ラモスは、オペラの曲とロックを組み合わせて歌ったりしていた。

自分はクラッシック音楽は好きだが、どうしても好きにならない分野がある。

それは、オペラ。特に女性が歌うオペラだ。

これは表現しようがないが、独特の歌い方といえばいいのか、声の出し方と言えばいいのか、全く好きになれない。恐らく声か声の出し方だろう。

オペラは歌劇と同義だが、ある程度ミュージカルに近いというのもあるかも知れない。

つまり台詞をメロディに乗せるのが、何か違和感があるし、何を言ってるのか分からないというかなんというか、、、、。

しかしクリスティーナ・ラモスのオペラを聴いて、歌い手によって全く違うことが分かり、オペラ全てが好きではないという認識を覆させられた。

透明感のある歌声は、自分が聴いたオペラとは全く別ものに聴こえた。

そしてふと思い出したことがある。

それは、Time To Say Goodbyeを歌った、サラ・ブライトマンの存在だ。

アメリカのビルボードチャートでクラシック音楽部門とダンス音楽部門で、同時に1位を獲得した唯一の歌手である。

元々この曲は、イタリア人のテノール歌手である、アンドレア・ボチェッリのために作られた曲で、『コン・テ・パルティロ』というイタリア語で作られた曲を、後に歌詞の一部を英語に替えて、『Time To Say Goodbye』として、サラ・ブライトマンとデュエットしたバージョンとして発売されたようだ。

アンドレア・ボチェッリは、かの世界3大テノール歌手の、自分が最も敬愛する『ルチアーノ・パバロッティ』とイタリアを代表するロック&ポップス歌手の、『ズッケロ』に見出され、1994年にデビューしたようだ。

自分の中ではパバロッティを敬愛しているが、聴き比べると、敬愛しているからではなく、パバロッティの方がすごいと感じる。

これは人それぞれなので、あくまで自分の場合である。


そして、サラ・ブライトマンのことだが、クリスティーナ・ラモスの歌声を聴いてて、透明感のある声だなぁ、、、と思っていて、ふとサラ・ブライトマンを思い出し、久しぶりにこのTime To Say Goodbyeを聴いたが、自分としては、やはりというか、サラ・ブライトマンの透明感のある声は素晴らしいと感じた。


しかし、クリスティーナ・ラモスがサラ・ブライトマンより劣っているかと聞かれたら、そんなことはないと答えると思う。


ただ、オペラが苦手な自分が、一番最初にその壁を破ったのが、サラ・ブライトマンだったことを思い出したので、書きたくなり、こうして書いている。


今ではすっかりスマホで音楽が当たり前の世界だが、確かサラ・ブライトマンのCDも持っていたはずだ。
探すことはしないが、スマホに入れようと思っている。


既に懐かしい曲となる、Time To Say Goodbyeだが、恐らく色褪せることなく、愛される曲だと思う。


またこれからもYouTubeでの素晴らしい曲探しの旅は続くだろう。


因みにサラ・ブライトマンは、どうやら3オクターブ出るらしいが、彼女自身曰くは、最高音はE6まで出るらしい。

しかし、自分は音楽のそういう知識は持ち合わせていないので、E6とはどの程度の高音なのか分からない。
とにかく相当な高音なのだろうか。


また、自分の中では日本を代表する歌手(世界と言っても良いと自分では思うが)であり、表現者である鈴木瑛美子も3オクターブは出る。厳密に言えば3オクターブ半出るようだ。しかも地声で、、、である。


こうなると一体何のことかいてるねん、、、、と突っ込まれそうだが、とにかくクリスティーナ・ラモスから思い出したサラ・ブライトマンの歌うTime To Say Goodbye 。


これからも聴いていきたいと改めて思った。

クリスティーナ・ラモス

最近良くAGTの日本語字幕付きのをYouTubeで観る。

その中でたまたま見つけた

その名は

『クリスティーナ・ラモス』

スペイン人だが、とてつもなくすごいものが観れる。

色々書きたいが、まだ観てない人もいると思うので、詳細は書かない。

OMG!!!

鈴木瑛美子1stアルバム@ららポート立川立飛,April 9, 2022

鈴木瑛美子の1stアルバムインストアライブは各地で行われる予定で、その中から余裕を持って行きやすい、ららポート立川立飛でのイベントに行くことにしていた。

立川は交通の便も良く、会場まで行くにも非常に楽であった。

なので、前回行った池袋サンシャインシティのマラソン大会にはならないことは分かっていた。

ゆっくり家を出て、現地に到着したのは、特典会の販売が始まるかなり前に着いた。

初めて来る場所で、屋上にあたる会場もそうだが、何せショッピングなど出来る複合施設なので、広大な施設だ。

13時と15時30分の2部構成なので、どちらも参加することにして、特典会で販売されるCD及びDVDも、2部分を先に買うことにした。

買わないと席に座ることは出来ず、最前列は取れない。

スタッフに色々聞いて今日の段取りなど聞いた。

先に列に並ぶ場所、販売する時間なども聞き、後は特典会用に並んで買うだけだ。

『超よゆう〜』などと心の中では思っていた。

そして販売が始まる前に一番最初に並び、販売開始。

前回池袋では苦い思いをしたので、今回は楽勝楽勝と思って、購入した。

すると、その先にスタッフが、何やら箱を2つ持っている。

『???』

聞く暇などなく、スタッフから『どうぞ引いて下さい』

『え?これは何ですか?』

『特典会の整理券の引き換え券が入ってます。13時の部と15時30分のものです』

心の中で『聞いてねぇよ〜、、、マジか?』と思いながら、自分のヒキの強さを信じてまずは13時の箱、その後すぐ15時30分の箱から引き換え券なるものを引いた。

13時の部はなんなること、48番、15時30分の分は不思議とサンシャインの時と同じ8番と書いてあった。

まだライブが始まるまでに時間はたっぷりある。

この日は快晴で夏日だったため、会場の周辺の日陰で一旦座っていた。

すると、前回も来ていた別の1stシングルで知り合った人も来ていて、事情を聞いた。

どうやら立川の前の会から、この整理券の引き換え券なる物が導入されたとのこと。

何のために早く来たのかと思ったが、2部目は8番で椅子の数からすると必ず最前列ほぼど真ん中付近は取れそうなので、それは良かった。

ただ問題は一部の48番である。

下手をすると席さえ座れない危険性がある。

その時ふとあることを思い出した。

以前、イベントではないが、同じように、あることで順番待ちをした経験があり、その時は全く話にならない番号を引き、これは無理だと諦めたことがあった。

ところがその時奇跡が起こる。

何と番号を呼ばれると、ざっくり何故か来ない人が続出。

完全に諦めていたが、その後もざっくり呼んでも来ない人が続出。

結局、完全に諦めていたのに、無事に大丈夫だった経験がある。

それを思い出して、『今回もきっと奇跡は起こる』と自分を信じた。

とにかくまだ時間はあるが、そう言えばまだ昼ごはんを食べてない。

腹が減っては戦はできぬ、、、、ではないが、今度は好きなレストランなど探して、ゆっくり食事をした。

そしてもうそろそろ戻ろうと会場に戻ると、その人から、『どうしたのかな?居ないなぁと思って、、、』と言われた。

『あ!!!、やってもうた、リハーサルがあったんだ!!』

時既に遅し。

池袋の時もライブ開始一時間?ほど前にリハーサルをやったのだ。

それが余裕がありすぎて、すっかり頭から消え去っていた。

『何たることだ、余裕があるからゆったり出来ると思ってたら、リハーサルを忘れるなんて、、、』

悔やんでも悔やみ切れなかった。

しかし、本番はあるので、そこはすぐに立ち直り、本番前の整理券番号が呼ばれた。

『1番から10番の方、お入り下さい』

『ん???』

入る人が居ない。

つまりこの番号を引いた人がそもそも居なかったのだ。

『10番から20番の方』、、、と次々と呼ばれるが、奇跡が起きた。

呼ばれても入る人が居ない。

そうしているうちに、自分の番号が呼ばれて、何とか2列目のど真ん中辺りを確保した。

そしていよいよ本番。

鈴木瑛美子が、登場。

しかし、最初に歌ったのは、聴いたこともない英語の歌。

『あれ?あんな歌アルバムにないぞ』

そうしてその歌は終わり、いよいよアルバムの曲が始まった。

1stシングルからも歌ったが、1stアルバムからも数曲歌った。

約30分だろうか、歌い終わり鈴木瑛美子が舞台袖にはけて行った。

今回はベストコンディションで臨めたので、聴いてても聴き入って歌を受け止めることが出来た。

そして1部目の特典会では色々話そうと思っていたが、これも何たることか、池袋の時よりすぐに次の方が呼ばれて、殆ど話せなかった。

致し方ないので、鈴木瑛美子の隣にいる本人のお父さんに、『最初にに歌った曲は何ですか?と聞くと、『調べみて、曲名はfeeling good 』とお父さんから鈴木瑛美子に聞いて、それをお父さんから聞く形で、後は即座に舞台から降ろされた感じだった。

後から聞いたが、今回はどうやら話す時間が極端に短くされていたようだった。

また、残念だったのは、自分は目が悪いため、たかだか10メートルもない距離なのに、顔の表情が見えない。

それが唯一残念だった。

そして一部目は終わり、2部までは時間があるため、今度こそリハーサルは見逃さないぞと気合いを入れるも、当然なのだろう、リハーサルは一回だけ。

致し方ないので2部が始まるまで、適当に時間を潰した。

2部目は何せ8番。

確実に最前列は確保出来る。

結局2部目は最前列のほぼ、ど真ん中を確保出来た。

しかし、ここで天(宇宙)のイタズラか、皮肉にも快晴であるにも関わらず、舞台に照明が恐らく当たっていたと思われるが、流石に太陽に勝る光はないため、舞台は日陰に見えた。

なのでここでまた表情が見えない現象が起こる。

ライブ中、時より自分が上を向いて、太陽の光と舞台の明るさを見ていたら、鈴木瑛美子はすぐに気付いたのであろう、歌っている途中から、前に出て、日の光に当たるようにしてくれた。

その距離凡そ3メートル。

ようやくそこで表情を見ながら歌を聴くことが出来た。

う〜ん、『I am speechless 、、、』

最高であった。

そして特典会は、即座に終わる状態だったので、考えてたことは言わず、『立川を回ってみて下さい』と言うと、即座に降ろされながら鈴木瑛美子を見ていると、瞬間的に何やら考えてうなづいていた。

要は何が言いたかったと言えば、立川なら色々あるだろうから回って下さい、、、、つまり色々回って楽しんで下さいと言いたかったのだが、お父さんは、この後は車の移動でそれどころではないと言っていた。

どうやら想像以上に忙しいようだった。

こうして鈴木瑛美子のライブも堪能し、さてこの後どうするかと思っていたが、今回はタワレコ主催なので、ららポートのタワレコに行ってみようと、一緒に聴いた人とタワレコに向かう。

しかし、タワレコには鈴木瑛美子のアルバムのコーナーがあるものの、恒例のサインがない。

これはもしかしてこれから来るのでは?、、、と思ってしばし待ち、『来るかな?』とタワレコから出た瞬間、鈴木瑛美子がお父さんやスタッフと一緒にこちらに向かって来る。

そしてタワレコに入りカウンターの近く辺りで何やら書いているので、きっとポスターに色々書いてるんだろうと思いながら、アルバムコーナーに来ないかと待っていると、やはりやって来て、アルバムコーナーの前で写真を撮った。

その距離2メートルくらいだろうか。

ようやくきっちり表情まで見えた。

心の中で『一緒に写真お願いします』、、、と言いたかったが、流石にそれは無理だろうと、言うのをやめた。

そして写真を撮ると、鈴木瑛美子とお父さんやスタッフはタワレコから出て行く際に、自分達の他にいた人にも手を振って去っていった。

まさかこんな間近で鈴木瑛美子を見れるとは想像していなかったが、やはり可愛いというより、美しい女性アーティストという感じだった。

ただ美しいのではない。

実力を持っている上で美しいのだ。

人間性も良いことは以前から色々なメディアで読んだりインスタライブを観たりして感じていた。

こうして色々あったが、最後は鈴木瑛美子を間近で見れて、今日の残念な点はどこかへ消し飛んでいた。

こうして、結局は最高の1stアルバムインストアライブとなった。

鈴木瑛美子1stアルバム@池袋サンシャインシティMarch 30,2022

鈴木瑛美子が待望の1stアルバムを出した。

事前に発表があったが、そろそろだろうとは、ある程度予想はしていた。

そして、各地でインストアライブをやることになった。

池袋サンシャインシティの噴水広場はデビューシングルの時にもライブを観に行った思い出深い場所だ。

あの時は道すがら『まさか会うことはないだろうな』などと思っていたら、本当に前から歩いて来て、驚きの余り声もかけれなかった。

今なら間違いなく声をかけているだろうが、当時はこれからデビューシングルの発売記念のライブをするのに、声などかけたら、失礼というか邪魔になるというか、そんな思いもあり声をかけなかった。

そして今回、道すがらどころでは無かった。

すっかり行き方を忘れていて、そもそもサンシャインシティの中に入るのに時間がかかった。

更に噴水広場までの道順は、当時入った所とは別の入り口から入ったこともあり、散々歩いて、更に店舗の人に聞きながらようやく噴水広場に辿り着いた。

16時から特典会の販売が始まるので、早めに家を出て、噴水広場に到着したのは13時頃だった。

当時とは違い、ミュージカル出演、CMのタイアップを始め、アニメのエンディングテーマ、ラジオのパワープレイなど、鈴木瑛美子を取り巻く状況は全く違う。

なので『これは相当前に行かないとライブで最前列は取れない可能性がある』と思い、3時間も前に着くようにした。

いざ噴水広場に着くと、親子連れや若い女性の友人同士で来てる人など、所々にいるが、鈴木瑛美子のライブ目当てで来ているかは不明だ。

なので、噴水広場の前のステージの所で座ってしばらく様子を見ていた。

しかし徐々に人が減って、また違う人が増えてを繰り返していたので、『これは違うな』と思い始めた。

しばらくすると、今度は殆ど人が居なくなる。

どうも親子連れなどは、一時的に来ている感じでライブを観に来てる感じではない。

なので前回来て話すようになった人にも連絡は事前にしてあったが、『もう着いているんですか?』と返信があった。

そんなに時間がかからず着きますと書いてあったので待っていたが、それでも中々来ない。

事前に寄る所があるとは書いてあったが、何度かプッシュしても返信が来ない。

要は一人では場所取り、今回の場合はどうセッティングされ、どこで販売され、どういう感じで列を作るのか?、、、、など分からないので、どうしても役割分担しないと無理なのでプッシュしていたのだった。

更に昼はとうに回り、また昼ごはんも食べてなく、かなりヘロヘロになっていた。

そしてようやく来たので、昼ごはんを食べに行く。

と言っても、今回は前回より気合いが入っていたので、ファーストフードで済ませてすぐ会場に戻る。

そして気がつく。

『あ、特典会のジャケットをしまう物忘れた』

リュックで来たが、そのまま入れたら折れてしまう。

特に今回はその場で鈴木瑛美子本人から一応手渡しする予定になっていたので、一緒に観る人に待ってもらい、ファイル入れを買いに行くも、100均に行っても売っていない。

そこら中の店舗の人に聞いて、売っているであろう店舗を回り、しかもトイレも行くので、走り回って探していた。

広い広いサンシャインシティだ。

まるでマラソンをしに来たようだった。

そしてようやく買って会場に戻ると、何たることか、既に列が出来ており、流石に待っててもらった人に『何で並ばなかったんですか?』と半ば呆れ気味で聞いた。

そして結局自分は列の8番目に並ぶことになった。

特に今回はコロナのこともあり、事前にスマホで手続きをする必要もあったので、余計時間がかかったのもある。

しかし、誰よりも早く到着して8番目とは、、、、、言葉にならなかった。

おまけにサンシャインシティをマラソンだ。

もう既にライブ前から疲れ果ててしまっていた。

結局自分は最前列は確保したが、ど真ん中は取れず、ステージからみてやや左になった。

前回は最前列ど真ん中だっただけに、それもショックだった。

そしてリハーサルも聴いて、いよいよ本番。既に疲れ果てている自分は歌の全てを受け止め切れなかった。
しかし、とある曲では涙が溢れて仕方なかった。
それは、鈴木瑛美子本人の作詞作曲の曲だった。
あの自分のコンディションで涙が溢れてくるのだから、本当はもっと感動というか、とんでもないことになっていたと思うが、何せサンシャインシティマラソン大会の後だ。致し方無かった。
ライブ後、特典会で本人から手渡しでジャケットをもらい、少し話が出来たのだが、全く何を話したかも覚えてない殆ど疲れ果てていた。
ライブと特典会全て終わった後、たまたま来ていた鈴木瑛美子のお母さんとお姉さんと話すことが出来た。
結構話したが、お姉さんには『疲れ果ててたことを本人に伝えて下さい』と話した。
こうして鈴木瑛美子1stアルバムインストアライブは終わったが、まだ次の場所でのインストアライブがある。


次回はサンシャインシティマラソン大会のような羽目にはならないと分かっていたので、ゆったりした感じで観れるだろう(因みに帰宅後スマホの万歩計を見たら約10kmだった)。
そして次回、そのゆったりが命取りとなることは、その時は予想もして無かった。


こうして1番最初のライブ会場となる、池袋サンシャインシティを後にして家路を急いだ。
実はこのブログのことは、題名の日付を見れば分かるが、結構前のことなのだが、何せ肝心の歌のことが書けない(疲れ果てて覚えてないので)ので、書くのを躊躇して書かずにいた。
しかし何故か突然書こうと自分の中から書く意欲が湧いたため、書くことにした。
自分としては珍しいパターンだ。軽い気持ちで書くブログなので、自然に書きたくなり書くのだが、今回は自分の中から何故か分からないが書きたい意欲が湧いた。


とにかく今回の1stアルバムは、素晴らしいアルバムであるし、鈴木瑛美子は余りにも素晴らしいアーティストであることは間違いない。それは、様々な名だたるアーティストが評価していることからも証明出来る。
自分的には、表現しようのない、他に類をみない、とんでもないアーティストだ(もちろん良い意味でだ)。

枇杷の木

まだ自分が小学生の頃、実家の玄関の横に枇杷(びわ)の木があった。

生息するのは基本的に温暖な所が多いようだ。

関東では、千葉県の南房総市、それより南になると、静岡県や四国でも栽培されているようだ。

当時(今もだが)実家は都内にあったが、枇杷の木の高さはゆうに5メートルはあった。

記憶に残っているのは小学生の頃から既にあり、毎年家族では食べ切れない程の実がなった。

夏頃だろうか、実家の2階の屋根に登り、皮を剥いて食べたり、家族総出で実を取り、ご近所さんにも配っていた。

それでも食べ切れず、鳥達の恰好の餌となっていた。

ブランド物もあるようだが、さほど手入れなどしている様子は見たことがないので、自然に大きくなったか、祖父が盆栽や様々な木を庭に植えていたので、恐らく祖父が苗木を植えたか、もしかすると自然発生したのかも知れない。

味は、『枇杷の味』としか言えず、甘さずっぱい、中々美味しい物だった。

しかし、年を重ねるにつれて、余りにも大きく成長してしまったため、近所迷惑になり、更に緊急車両の邪魔にもなることもあったのだろう、ある時業者を呼び、根本から切って無くなってしまった。

毎年食べていたため、流石に飽きていたこともあったのだろう、さほどの寂しさは無かった。

何故かたまたまバナナを食べていて、ふっと思い出した枇杷の木。

毎年の夏の風物詩であった家族総出の枇杷の実刈りはこうして幕を閉じた。

懐かしい夏の思い出だ。