これがうちのドラムだ

最近音楽を聴きながらエアドラムをする時、以前と違う点がある。
エアでやると打っている感触が無いため、それを解消したい気持ちから生まれたある方法でやることだ。
家にあるものをうまく活用する。

作り方は簡単。
しかし中々の発想だ。
パソコンを置いてある台の、マウスを置くところにバスタオルを何回か折って、ガムテープで固定する。
これでまずはハイハットの出来上がり。
ハイハットとは、「チチチチ」と叩いてリズムを刻む時に使う小さなシンバルのことである。
肝心のスネア、要はドラマーの両足の間に置く小太鼓は、石油ファンヒーターを使う。
作り方は簡単。
バスタオルを2枚程用意し、それを何回か折って重ねて、石油ファンヒーターの上に置いてガムテープで固定して出来上がり。
これで基本的な部分だけになるが、ドラムセットは出来上がる。

他にもタムタムと言って、ドラマーの周りに置く小さな太鼓もあるが、これは作れないのでエアになる。

そして足で踏んでドンドンと低音の音を出すバスドラムは、ただ足を踏んで音を出す感じにしている。

強く叩いたり、ドンドン踏み鳴らすと、階下の人からクレームが来るので控えめだ。

しかし、このハイハットとスネアがあるだけで、今までとは全く違って楽しく上達していることが分かる。
元々吹奏楽部でドラムはやったが、何せ吹奏楽部のメインはクラシック系が多い。
しかも部長になった女の子が同じパーカッションだったが、ドラムをやると他の練習の妨げになると、あまり触らせてくれなかった。
なので前からエアドラムだったが、この方法はかなり良い方法だと思う。
個人練習でスタジオを借りるのは何かと問題がある。
バンドを組んでいるなら分かるが、まだ完全個人の趣味の世界だ。
今後、楽しく練習していく中で、仲間も見つけていくだろう。
それまでは家で自家製ドラムで練習していこう。
パソコン机のハイハットと石油ファンヒータースネア。
これがうちのオリジナルドラムセットだ。

バスフィッシング in 北陸 in Autum 〜初めての北陸バス〜

それはこの場所に通って結構経ってからの出来事だった。
車で散々ランガン(釣ってはポイントを車で移動し、また釣って移動することを繰り返すこと)していてもいっこうに釣れなかった時のこと。

この頃はいい加減、ここにバスはいるが、釣れないかも知れないと諦めかけていた。
どこへ行ってもアタリすらない。
幾らバスフィッシングが好きで、忍耐強いと言ってもアタリすらないと嫌になる。

釣っている場所はこの場所へ流れ込む川で、川といっても流れはなく、川一面が水草に覆われている。
ここにはルアーは落とせないが、少し先に水草がない部分があり、そこで釣りをしていた。
見た雰囲気はいかにもバスが居てもおかしくないが、ルアーをキャストしても反応はない。
1つの釣り方として、ラバージグというルアーにトレーラー(針の部分にソフトルアーを引っ掛けること)としてデスアダーの3インチを付けて試していた。
ラバージグは殆どやらないが、もうやることは尽くした感じだった。

秋とはいえ、この時は肌寒く余り期待出来ない。

キャストしてはズル引きという、要は水底にルアーをズルズル遅く引いてくるやり方で引いていた。

もうこの場所も無理かな…と思ったその時、微かに、本当に微かに「コン…」と、アタリがあった感じがした。
すかさず合わせたその瞬間、かなりの重さを感じたと同時に、それが左右に動いて逃げいく。

「バスだ!!」

リールを巻きながらバスとの格闘が始まる。
何せこの場所で初めてのバスだ。
いやがおうにも心臓の鼓動は激しくなる。
ロッドはメガバスF6-67X。初めて購入したメガバスのロッドで、名古屋のルアーショップで、半年待ちで手に入れた。

話がそれるが、このF6-67X。
名古屋から引っ越す際に引っ越し業者のバイト君がこともあろうに竿先を折ってくれた。
しかも自分が気付いたのは結構後になってからだった。
この引っ越し業者は引っ越す際、マンションの8階から服の入ったプラスチックケースも落としている。

折れていることに気付いた際の怒りはそれはそれは凄まじかった。予約するのでさえ数ヶ月待ち、予約してから半年経ってようやく入手したロッドだ。それだけでメガバス人気が分かる。
すぐ電話して弁償させたのは言うまでもない。

話を戻すが、胸の高鳴りを感じながら、バラさないように慎重に格闘して、バスを岸の上に引っ張り上げた。

やり取りしている時からデカイとは思っていたが、釣り上げてみると、思った以上にデカイ。そして太い。

その太くて大きい魚体をみて、ロッドごとその場に置いて車に走る。
メジャーとデジカメを取り出し走って戻る。
すぐ測ると48センチ。
過去に釣り上げた最高記録は40センチ。
河口湖ではせいぜいそんなものだ。
写真を撮った後、しばし魚体を持って眺める。
惚れ惚れするような太くて大きいバスだ。
そして、何よりも重い。本当にズッシリと来る。
心の中で「ヨシ!ヨシ!」と叫びながらガッツポーズをしていた。

興奮して少し長く陸にあげていたため、魚が弱ってしまった。

静かに魚体を水面へつけて、丁寧に扱い、泳ぎ出すのを待つ。
バスが回復してゆっくりと泳ぎ出すと手を放してリリースした。
そしてバスに「ありがとう」と言って見送った。

ようやく釣り上げたこの場所のバス。
サイズ、太さ、重さ、初めてにしては申し分ない。

ここのバスは釣れないと諦めかけていたが、これで釣れることは分かった。
今後のこのフィールドでのバスフィッシングに希望の火が灯る思い出深い貴重な1匹との出会いとなった。

※全て実話です。

ALAN WALKER in STUDIO COAST

仕事終わりに新木場スタジオコーストにアランウォーカーのライブを観に行った。
知人が凄くいいからというので、事前にチケットを予約購入していた。

結構疲れていたが、整理番号が300番以内だったので、相当早い順番で入場もスムーズだった。
事前情報で暖房も入り、熱気も凄くおしくらまんじゅう状態でライブ中は半袖でも大丈夫とのことだった。
二階には座席もあるが、せっかく早い整理番号だったので舞台に近い、いわゆるスタンディング席に行く。
これで2時間観るのかと体力的に心配になった。
動画のライブの模様を観ると、皆ぴょんぴょん跳ねている。
スタンディング席2400人入る会場で皆でぴょんぴょん跳ねることを考えると頭が痛くなった。
周りをみると自分と同年代の高校1年生くらいの人(冗談)や20代と思われる若い男女が観に来ていた。制服の女の子、スーツを着たサラリーマンもいた。

ライブが始まり、6分もの長い音楽だけが流れた後、アランウォーカーが登場。直線距離10mくらいだ。
アランウォーカーが登場し、楽曲が流れると、いきなり周りの人たちがぴょんぴょん跳ね始めた。
多分1度しか行ったことがないが、いわゆるクラブでダンスを踊るノリなのだろうか。
ぴょんぴょん跳ねるわ、腕を振るわ、動画を撮ってる自分からするとちとウザい。
もしや自分も跳ねると楽しくなるのかと思い、疲れるのでちょっとだけ跳ねてみる。
特に楽しくなる訳ではないが、ただ立ってるのは余計疲れるので体を少し揺らしたりしていた。
結局2時間のライブを立ちっぱなしで観て、バス釣りした時よりは疲れなかったが結構疲れて帰途に着く。


ALAN WALKERのライブは初めて行ったが、やはりライブは違うと感じた。音の迫力はあり、照明は綺麗で音楽も思った以上に良かった。ライブに行くことでALAN WALKERの良さを感じることが出来た。
動画の再生回数は20億回以上と人気の凄さがうかがえる。
自分はロック、クラシック、フュージョン、エンヤのようなヒーリング音楽。そして新たな音楽である鈴木瑛美子。この辺が1番好きであるが、ALAN WALKERの音楽も悪くない。

最近のマイブーム

iPhoneに元々付いてるガレージバンドというアプリで様々な曲を演奏してる。
自分でも不思議だが、ピアノも習ったこともないし、音符も読めないが、心に残っている曲は何故かこのアプリ上で弾ける。
どうやら相対音感というのがあるらしく、それもあって出来るらしいが、ピアノを昔やっていた人に聞くと同じことは出来ないらしい。
要は耳コピして弾ける。昔から少しだけその気はあったが、最近覚醒したように曲を弾くことが出来て本当に不思議だ。
心に残っている曲なら、動画とか観てその場で完全とはいかないが勝手に手が動いて音を捉える感じで楽しい。
まだまだ正確に弾ける訳ではないし、結局ちゃんとらやろうとしたら練習は必要になるが、やってるととても楽しいので、今はまだそれだけでいい。

夢の国へ行った

昨日から今日にかけてディズニーランドに行って来た。
やはり一番良いのはエレクトリカルパレード。
日本でもアメリカでも観た。

日本のエレクトリカルパレードは凄く綺麗な電飾で、いつの間にこんなに綺麗になったのかと感心していた。
ただ、やはり少し残念なのはミッキーが日本語を話すこと。
というか日本語が出て来ると残念に感じる。

夢の国に言葉はいらない。

アメリカだと英語が分からないので、言葉は入ってこない。
日本語が出て来ると現実に引き戻される感じなのだろうか。

以前相当前に東京ディズニーランドに行った時は、パレードで日本人が出て来ると違和感を感じたりしていたが、現在は以前より目立つキャラクターには外国人が採用されている気がする。

やはりディズニーランドは異国の人の方が夢を感じる。

しかしパレードに出て来るいわゆるフロートは本当に綺麗になって種類も多くなった。
ブルーフェアリー、ラプンツェル、ザ・ムーン…一体何ものや?と分からないものが沢山ある。

曲はリニューアル前の方が好きだ。
エレクトリカルパレードの曲は、CDも持っているくらいで、名曲だと思うし大好きだ。
特にリニューアル前のだと、バックにずっとあのチャンチャラチャンチャン、チャンチャラチャラチャラ…が流れ続けていて、そこにミッキーのテーマや白鳥の湖などが流れる。
あの2つのメロディーが同時進行で流れる感じがたまらなく好きだ。

この2つのメロディーが同時に流れる曲が他にもある。
ディープパープルのBurn(タマホームのCMで流れてた)の中でほんの一部だが出て来て、特にそこはシビれるほどカッコいい。ハモンドオルガンで同時進行で2つのメロディーが流れる。
また、青少年の管弦楽入門という曲の最後の方でも2つのメロディーが同時に流れて、その部分が出て来ると、涙がちょちょ切れる感動ものだ。

本当にディズニーランドのエレクトリカルパレードの曲は素晴らしい。

本家のアメリカと何が違うのか調べてたら、たまたまある記事を見つけて驚いた。

エレクトリカルパレードの曲はディズニーのオリジナルの曲だと思っていたら、原曲が存在した。
それがガーション・キングスレイとジャン=ジャック・ペリーによって1965年に結成されたユニット「ペリー&キングスレイ」の曲、「バロック・ホウダウン」だ。

ん?ホーンテッドマンション?
違う、バロック・ホウダウンだ。

聴いてみたがまさにあの印象的で大好きなチャンチャラチャンチャン、チャンチャラチャラチャラ…まんまだ。

ディズニーランドでは1970年代からエレクトリカルパレードのオープニング曲として使われ続けて現在に至るようだが、こんなに素晴らしい曲を作ったこの2人はまさに天才だと思う。

ディズニーランドは夢の国。
夢の国で夜な夜な行われてるエレクトリカルパレード。
やはりディズニーランドと言えばエレクトリカルパレードが一番だ。

しかし、presented by UNISYSの文字が現実に引き戻す。

本当にエレクトリカルパレードはいいなぁ……そんなことを実感した、昨日から今日にかけて行って来た、Youtubeでのディズニーランドのエレクトリカルパレード巡りだった。

鈴木瑛美子(Emiko Suzuki)in恵比寿ガーデンプレイス

昨年の話し。
急遽、恵比寿ガーデンプレイスに鈴木瑛美子のライブを観に行くことにした。
たまたま鈴木瑛美子のツイッターをフォローしてて、たまたまライブのことをアップしてるのをみて、今日の午後14時30分から恵比寿ゴスペル祭に出演することが分かり行くことにした。

自分としてはかなり珍しいパターン。すぐ行く。
カラオケバトルで以前から鈴木瑛美子が出てるのは観ていて、録画もしていて、特にSuperflyの「愛を込めて花束を」は、スマホでテレビの録画を撮影し保存しているくらい大好きである。

恵比寿ゴスペル祭は朝から夕方までやっているが、観たいのは鈴木瑛美子が出演するスギモトミュージカルファクトリーだけなので、間に合うように到着。
駅から動く歩道で広場までは距離がある。

今回はゴスペルのグループとしての出演なので、どのグループも人数が多い。
着いた後、1つ前のグループの出演を観ていると、1人の男性に目がとまる。
どこかで見たと思ったら、その男性は確かに見た人だった。
プロのミュージシャンをやってるはず。
こういうこともやってるのかと思いながら観ていた。

一応スマホのビデオに録画。

既に後方には鈴木瑛美子のグループがスタンバイしていて、曲に合わせて鈴木瑛美子が歌いながらノリノリで踊っている。

そしていよいよスギモトミュージカルファクトリーの出番。

最初はオリジナルのゴスペル曲でよく分からない。
鈴木瑛美子はお父さんとお母さんと一番前で歌って踊っていた。
それにしても、鈴木瑛美子が歌い出すと雰囲気が一変し、輝き出す。

二曲目もゴスペル曲だがゴスペル曲は殆ど知らないので良く分からない。
ビデオの録画を続ける。

三曲目が最後で、あのミュージカル映画、グレイテスト・ショーマンのThis is me。

鈴木瑛美子がメインボーカル、センターで歌いながら踊る。

グレイテスト・ショーマンは映画を観に行ったが凄く良かった。音楽が特に素晴らしい。
Youtubeでも様々な動画がアップされていて、This is meの映画製作前のワークショップの動画はめちゃ感動ものだった。

鈴木瑛美子が歌い出す。
鈴木瑛美子までの距離は3mもなく、動画を撮りながらも聴き入る。
あの歌声を生で聴けるとは感動もの。
テレビで観てても、森久美子が「どうやったらあんなこと(あんな声)出るの⁈」と驚愕し、感動しながら「発声教えて」というくらい圧巻である。

動画を撮りながらなので集中力が分散したが、やはり鈴木瑛美子の歌声はめちゃくちゃ良かった。
歌って踊る鈴木瑛美子の姿。
思った以上に顔が小さく、スタイルも良い。
そして、何よりも目がとても素敵である。
力強く澄んだ瞳で時折観客をみて、力強く歌い踊る。
時折鈴木瑛美子と目が合う。
可愛い上に表現出来ない素晴らしい歌声。
すっかり魅了された。
いや、もうとうの昔に魅了されていた。

歌い終わり鈴木瑛美子がはけて行った。
その後少し他のグループも鑑賞して帰宅。

動画を撮ったのを再度観直す。
写真はどうしようかと考えたら、そうかスマホの動画をスクショしようとやってみた。
動きに合わせて撮影するとブレる。
スクショなら動画さえ綺麗なら手ブレすることはない。動画を撮りながら写真は撮れない(iPhoneは動画を撮りながら写真撮影出来る機能はあるが)。
これは使える。我ながらナイスアイデア。

生では分からなかったことが沢山あった。
やはり録画しながらでは集中力が分散する。

力強い歌声、自信、やり切っている感、どうだと言わんばりの表情…ドヤ顔などという言葉を使ってはいけない。

全てが素晴らしく、言葉に表せない感動がある。

まさに超一流の歌声。

そう、それは「佃品質」ならぬ、「瑛美子品質」

下町ロケットは感動した。
全てを打ち破る佃品質。
本物はどこに居ても必ず見つけられる。
それが超一流の品質、それが超一流の人間。

まさにセリフで出てきたゆっくり、こつこつ。
それが大切。
自分とテレビがオーバーラップ。
ちょっとテレビに影響された。

鈴木瑛美子も結局歌うことが好きで楽しいから歌っている。
これも忘れてはいけない。

足取りも軽やかに明日も楽しく働こう。

そう、人生は楽しんだもん勝ち!

家の前が炎🔥

小学校3年生くらいの時、夜中に何やら外で声がする。

「神田〜〜!神田〜〜!」

自分は眠っているので、きっと酔っ払いか何かだろうと布団の中で思っていた。
すると、その声が大きくなり、酔っ払いなどではないことに気がついた。

「火事だー!火事だー!」

それと同時に叫んでいるのが自分の祖父だと気付いた。

1人で二階の部屋で寝ていたが、慌てて障子開けた。

すると、はす向かいの家から勢いよく火の手が上がっている。

階段を降りると、両親と共に外に出て様子を見に行った。
はす向かいの家はもうかなりの勢いで燃えている。
窓からは火が吹き出し、二階の屋根からも炎が上がっている。

父は何かに気付いて二階へ上がり、ベランダへ出るドアを開け、はす向かいの家の前に建つ、うちの隣の家の屋根を確認した。
「煙りが出ている」

既に消防には連絡した。
このままではまずいということになり、父がバケツリレーで隣の家の屋根に水をかけようと皆に言った。
父がベランダで水をかける係、その間を母、祖父、姉、自分が連携して父にバケツに水を入れて送る。
父は何度も何度も隣の家の屋根に水をかけた。
散々かけるが中々消防車が来ない。
その間、叔母が庭で池の近くにある水道から細いホースで水を出していたが、水はホースの先からチョロチョロ流れている状態。恐らくパニックだったのだろう。
祖母は一階の祖父母の部屋で布団から起きて様子を見ている。祖母は放心状態だったのだろう。

記憶が定かではないが、出火して15分程経ってようやく消防車が到着。
家の前の道は狭く消防車が入って来れないので、20m程先の道に止まり、ホースを持って消防隊員が駆け付ける。
庭からはす向かいの家に向かって放水が始まる。
既にはす向かいの家の、うちから見ると庭の裏にある鉄筋コンクリートの家の壁はかなり黒くなっていて、その窓を突き破るように消防隊員が水をかける。
一体何人の消防隊員が来たか覚えてないが、出火から30分以上経ってからだったか、1時間くらいだったか、火はようやく消し止められた。
夜中だと思っていた火事だったが、早朝だったことが分かった。
夜が明けてすっかり太陽が昇り、辺り一面の状況がようやく分かって来た。
二階の姉が寝ていた部屋のはす向かいの家に近い方の窓のシャッターは、アルミの部分が少し溶けている。
祖父母の部屋の窓ガラスは所々割れている。
毎年大きなザルで3杯程取れていた梅の木が焼け焦げている。
叔母の家も多少の被害はあった。
鉄筋コンクリートの家の壁はかなりの範囲まで焼け焦げて黒くなっている。
朝まだ煙りの匂いが残る中、小学校の先生がお見舞いに来ていた。

その後出火原因が判明。
出火した家の女性の寝タバコが原因だった。
しかもこの女性、寝タバコの常習だったらしく、消防によると布団に寝タバコの跡が沢山あったらしい。起こるべくして起こった人災だ。
この女性は1人暮らしで何歳だったか不明だが結構歳はいっていた。
また、消防によると父が隣の家の屋根に水をかけたおかげで、隣の家に延焼しなかったようだ。

後日、うちにこの女性が菓子折りを持ってお詫びに来た時、祖父は激怒して「帰れ!!」と菓子折りを受け取らなかった。

その後約1カ月くらい、微かに遠くから聞こえる消防車のサイレンの音を聞くだけで、寝ている二階から父と母の所へ行き、「うちは大丈夫かな…」と心配する様になった。
あれだけの炎を見たのである。
当然のことだろう。

人生で最初で最後の被災経験として、名古屋でマンションの前の海を見たが、それより相当前に、家の前が炎に包まれる経験があった。
これが人生で最初の被災した経験である。
今思い出しても少し恐怖を感じる。
もう二度と、川の近くには住まないが、火事を起こす家の近くにも住みたくない。