アーティスト

アーティストとは?

何か哲学チックな響きだが、音楽を生業にしている人とか、人によって言葉の意味の捉え方は違う気がする。

因みにChatGPTで質問してみると、文脈によって変わることがあると色々出て来るが、端的に整理してまとめると以下のように出て来る

『アーティストとは、独自の創造性で自己や世界を表現し、他者に感動や気づきを与える人』

またそれを一言で象徴的にすると以下のように出て来る

『世界を自分の目で感じ、形にする人』

このように、自分で分かっているようで、普段使っている言葉でも文脈などで意味は変わって来るし、他の言葉でも普段使っていても、実は正確な意味を理解していないことがあると感じることがある。

確かに中には、何となくこういう意味だろうな、、、、という感じでコミュニケーションを取る場合には、問題はさほど発生しないこともあるが、例えば人生を左右するような重要なコミュニケーションをしている場合には(この場合はコミュニケーション=対話という意味で使っている)、場合によっては自分の人生を良くも悪くもし、下手をすると取り返しのつかない事態にまで発展する場合もある。

本を読んでいても、分からない言葉や単語が出て来て、『こういう意味だろう』と無意識に捉えて、読み間違えることもあるだろう。

自分の場合は対話、要は対面での対話を重視する傾向があるが、こういう場合でも相手がある以上、場合によっては相手を傷付けてしまう凶器にもなれば、相手に対して良い影響を与える場合もあると思う。

また、人間関係の中では仕事やプライベートによって差が出て来ることも想定出来るが、基本的には言葉を正確に使えることは大事だと思う。

その意味では人と話す時には、言葉の持つ意味だけでなく、境界線(どこまで踏み込むかという意味で)も関係して来る。

しかし、失敗を恐れて人との会話(対話)を避けていては、失敗から学ぶ機会を失うこともあり、それの積み重ねで、その後の人生が大きく変わって行くこともあり得る。

特に既に何年も前から存在するSNSなどの発達は利便性ももたらす一方で、この人と人の対話による学びを失いかねない危険性もはらんでいると思う(その逆もあると思うが)。

自分は以前飛び込み営業を6年程経験した中で、この対話(この場合は仕事だったが)をかなり強制的に鍛えられた。

それが下地になり、その後の仕事で知識とはまた違う力を発揮していたことに気付いた。

その頃は非常に専門的な知識を必要とする仕事に従事していたが、知識不足を補う努力を継続的にして行く中で、この飛び込み営業での経験が活きていたことに後々気付くことになった。

それは単なる自画自賛ではなく、第三者の人からの幾つもの評価で気づいた。

今こうしてブログを書いているが、以前は殆ど言葉の意味を調べて書くことはなかった。

そして最近何故かブログを余り書くことが以前より減ってきたのは、このような言葉も持つ意味合いや影響を無意識に感じて、無意識に躊躇しているのかも知れない。

いずれにせよ、言葉の意味を正確に理解して、適切に使えることは大事だと思う。

これからも、このようなことも大切にしながら、自分の人生をより良きものにしていきたいし、このブログに関しては、気軽に書くようになっていきたい。

何せブログの名前は『気軽にブログ』なので。