以前叔母と電話で話していた時のこと。
自分には記憶は無い部分もあったが、談たまたま自分の家系の話になった。
祖母は三味線を弾きながら長唄を歌っていたのは覚えていたが、どうやら三味線と長唄の先生をしていたらしく、お弟子さんに教えていたそうだ。
また、自分の他界した叔母はピアノを弾いていたらしく、これは全く記憶にも無かったが、その電話で話していた叔母にはピアノを弾いていたことを話していたらしい。
また電話で話していた叔母の夫、つまり自分の他界した叔父は、ドラムやトランペット、ギターなど、何でも出来たと話していた。
ドラムをしていたことは知っていたし、叔父夫婦の家に中学の時に泊まりで行った時、スタジオでドラムを教えてもらった記憶や、ギターを弾いていた記憶はあるが、どの程度まで出来るかは分からなかった。
しかし叔母曰く、叔父は若い頃、バンドを組んでおり、何かの大会に出場して、惜しくも準優勝になったが、プロデューサーから、『バンドごとは無理だが、君のドラムはいいから、プロにならないか』と言われて、バンドを優先していた叔父は、プロになるのを断ったそうだ。
叔母と話していて、自分のピアノのことや、ドラムのことは、家系の血もあるね、、、、などと話していた。
クラシックに関しては、家にあったクラシック音楽を聴くようになりヒナの擦り込みのように好きになったが、他界した叔母もクラシックは大好きで、逆に言えば殆どクラシックしか聴いてなかった。
また他界した叔母はお花の先生をしており、教えていたか自分では気づかなかった。
流派は忘れたが、免許皆伝まで行ったそうだ(だから先生が出来たのか詳しいことは分からない)。
更に英語も堪能で、横田基地でも働いており、その後外国人の観光旅行の案内の仕事や英語に関係する仕事をしていた。
ピアノも弾けて、お花も免許皆伝、英語も堪能、クラシック好きからするとピアノはクラシックを弾いていたであろうことを考えると、マルチな才能の持ち主であった。
他界した叔母は、想像を絶するお嬢様だったので、自分の人生で一番品のある人を挙げろと言われたら、即答で他界した叔母をあげる。
あの雰囲気はその意味でただ者ではない本当に上品な雰囲気を醸し出していた。
とある大企業の社長の息子さんの英語の家庭教師をしていた時に、その母親から、『〇〇さんは品があるわね』と言われたとのこともあり、筋金入りのお嬢様であったことがうかがえる。
しかし、こうしてみてみると、自分に関係している家系は芸術に長けた家系と言っても良いのかも知れない。
叔母との電話で色々自分の知らなかったことが分かりとても良いひとときとなった。
自分の場合は音楽が好きなので、これからも色々な音楽を愉しんで行きたい。