懐かしの味噌ラーメン

それは高校生だった時のこと

女子のクラスメイトに、『ハメられて』、ドラムが叩けるからと、吹奏楽部に入部した自分は、一年生の途中からの入部になった。

この『ハメられた』のは二重の意味で『ハメられた』のだった。

一つはドラムが叩けるということ。

もう一つは後に判明したが、当時自分のことを好きなクラスメイトの別の女子が、どうやら仲良くなるために、親友で部活に誘った女子に頼んで入部を勧めて来たのだ。

それまでは、分け隔てなく男女仲の良い奇跡のクラスと呼ばれたクラスだったが、付き合っている女子はいなかった。

その後自分はパーカッションへと配属となり、基礎から教わることになった。

それまで4人いた一年生のパーカッションのうち、3人は女子だった。

自分のことを好きな女子は管楽器をしており、この中で2人は中学は違えど中学生から吹奏楽をやっており、自分は相当の後発だった。

洋楽もロックも好きな自分はドラムに憧れており、まさにカモネギ状態で入部した。

基礎のバチの持ち方からシングルストロークやダブルストロークと色々教わっていったが、何せ吹奏楽部のパーカッションは楽器が沢山ある。

譜面は当然読めない。

なので、シロフォン(木琴)、メタルフォン(グロッケンシュピールは小さな鉄琴で、その頃の吹奏楽部には無かった?予算の都合で?)、ティンパニーから、大太鼓、小太鼓(スネア)、シンバル、ドラム、、、、他にも色々あったが、覚えるのが多すぎて、いつまで経ってもドラムが出来ない。

ある時誘った女子にドラムをやらせてくれるよう頼んだが、実質2年生にはパーカッションの人は居ない、3年生は受験で引退していたため、その女子が事実上のパーカッションを仕切っており、『もっと基礎から色々練習してから』などと言われて、仕方なく基礎から特にスネアを中心に練習していた。

結局その後『ハメられた』自分は、管楽器の女子と付き合わざるを得なくなり、付き合うことになった。

細かいことは省略する。

実はここまでは長い前提で書く必要がなかったが、つい書いた。

懐かしい思い出だ。

吹奏楽部に入ってしばらくして、クラス替えとなり、中学が一緒だった男子と同じクラスになり、その後仲良くなり、その男子はバスケットボール部だったが、高校から帰宅する時間は大体同じだったので、良く一緒に帰っていた。

その男子は中学から越境通学で、高校も同じだった。

高校にもなれば、部活終わりは腹が減る。

当時の駅の近くに、古びたラーメン屋があり、その男子の友達に教わって、部活終わりに食べるようになった。

そのラーメン屋は外見からは、とてもではないが美味しそうには見えなかった。

しかし、その友達を真似て味噌ラーメンを食べてみた。

見た目は、もやしや他の野菜がたっぷり乗っていて、量もかなりあった。

スープは結構濃い目だったが、見た目と反して、とても美味しいラーメンだった。

当時はガラの悪い連中もいる繁華街の中にあったが、今はそんな影も見当たらない。

とにかく麺は黄色の太めのちぢれ麺で、北海道のラーメンを思い出す。

とにかくとても美味しくて、満腹になった。

余りにも美味しいので、頻繁に通ったものだった。

店の主人1人で切り盛りしており、無口で無愛想な感じで、お客さんも時間帯が外れているのか、美味そうに見えないためか、殆ど混むことはなかった。

その後美味いと高校で評判になり、主に男子だが、『あそこのラーメンは美味い』と噂が広まっていった。

そして高校卒業と共に、行かなくなり(大学とは行く方向も違うこともあり)、記憶から消え去っていた。

何回か帰省のおりに、探したことがあるが、すっかり変わってしまった繁華街は探すことすら出来なくなっていた。

そして先日、たまたま近くを通りかかった時に、『味噌ラーメン』と書いてある恐らくチェーン店であろうラーメン屋が目に止まり、食べたみた。

味は当時の記憶と照らし合わせてみたが、似ているが、何せ何億年も経っているため、思い出せない。

ただ当時のラーメンには野菜がたっぷりのっていたのが、食べたのものはそこまでのってなかった。

ただ麺は同じ黄色のちぢれ麺、スープも濃い目、かなり近いものを感じたが、同じ店(の後継?)と確証は得られなかった。

味噌ラーメンはあまり食べないため、比較対象のラーメンはないが、美味いことは美味しかった。

しかもチャーシューも大きくて柔らかいのが一枚、他にもそれなりに野菜はのっており、麺もかなりの量があった。

食べ終わり店を出て、当時を懐かしんでいた。

そんなこともあり、余計なことまで思い出して書いたのだろう。

また今度行く機会があれば寄ってみようかと思う。