クワイアの思い出

最近音楽のお宝探しで思い出したことがある。

それは、『クワイアの思い出』


実はかくいう自分は小学生の時に、3年間、地域のとあるクワイア、つまり合唱団に属して、様々な所で歌を皆で披露していた。

当時は応募人数も結構あったらしく、オーディションもあり、自分もオーディションに参加。
その後面接があり、色々聞かれて、後日合格の一報があり、はれてクワイアの一員として、歌を歌っていた。

当時は受かると思ってなかったが、たまたま実家に残っていた、小学生一年と二年の時の担任の先生の通知表の、音楽の評価としてコメントがあった。

今でもとってあるが、『美声で声量もあり、高音もしっかりしている』、、、旨のことが書かれていた。


2年連続でコメント欄にそう書かれていたので、きっとそうだったのだろう。

その後相当前だが大人になって、たまたま実家で、見知らぬカセットテープを発見。

かけて聴いてみると、美しいファルセットで歌う、まだ小学生の自分の声だと分かった。

正直、自分でも聴いて衝撃を受けた。
大袈裟ではなく、まるでウィーン少年少女合唱団のような、透き通った美しいファルセットだった。

『こんなに素晴らしい歌声だったんだ、、、そりゃ受かるわ』、、、などと思ったものだった。

しかし色々な歌を歌う中で、たまに1人がリードボーカル的に歌うことがあったが、自分は一度もリードボーカルをしたことはなかった。

つまり上には上がいるということだろう。

当時のことは殆ど覚えてないが、その後大人になって実家に帰省した際に、ある時父親から、『お前はよくテレビの前で、好きなCMがかかると歌いながら踊っていた』と話していた。

自分はいわばニワトリの刷り込みのようにクラシック音楽が好きになったが、覚えているのは、『おもちゃのシンフォニー』という曲の第三楽章で、同じメロディが3回続けて繰り返されるのだが、徐々にスピードがあがり、それが楽しくて、家の中をぐるぐると走り回っていた。

クラシックの影響でクワイアに入った訳ではないが、音楽に対する感受性は豊かになったと思われる。

月2回〜3回の練習で大会に出たりしていた。

そしていよいよ中学生になる、クワイアを卒業する時のこと。

恐らく最後の練習だった気がするが、別れを惜しんで泣いてくれた男の子がいた。

彼は涙を流して笑顔で握手をしながら別れたのがずっと心の奥にあり、その後名簿など探したが無く、当時同じ小学校でクワイアに属していた人にも名簿を探してもらったが、結局見つかることはなかった。

そしてその頃は歌番組で好きな曲があれば、押し入れに入って大声で歌っていたが、悲しいかな、男性特有の『変声期』になり、あれだけ綺麗に出ていた高音が出なくなり、それでも女性ボーカルの歌も同じキーで歌い続けている間に、ある意味喉が潰れて、高音が全く出なくなった。

その後歌とは無縁となり、いつしかカラオケが苦手になっていた。

しかし、最近はしばらくカラオケは行っていないが、出ないと思っていた音が出ることが分かり、思っていた以上に高音が出せるようになってきていた。

流石に昔のようには行かないが、歌を忘れたカナリアではないが、また自分自身でも歌って音楽を愉しみたいと思っている。

音楽のお宝探しを観ていて、ふと昔の記憶が蘇った。

これからも自分の音楽の愉しみ方を追求していこうと思う。

限界を決めるのは、他ならぬ自分自身である。

習ったこともないピアノを弾いている自分がいる。

色々な曲もチャレンジして弾けるようになっている。

歌も色々チャレンジして、気持ち良く歌えるようになってみたい。

これからも音楽のお宝探しは続けるが、自分の出来る音楽も追求していきたいと思う。