捉え方

たまたま、ふと思ったことがある。

それは物事の捉え方(見方)のことだ。

極端に例えれば、牢獄のような狭い所に入れられたとする。

極端な例なので、人によるが、『こんな狭い牢獄のような場所に入れられるなんて、酷いもんだ』と捉えたとする。

しかし捉え方(見方)を変えれば、『この牢獄のような狭い場所に入っているけど、それによって外部から守られてる』と捉えることも出来る。

要はリフレーミング(対象の枠組みを変えて別の感じ方を持たせること)のことを指しているのだが、卑近な例で言えば、本は表紙しか見ないと、その部分からしか見えないが、本の背表紙から見るとまた別の見方になる、、、、このように一方向からだけしか見るのではなく、別の方向から見れば、見え方は全く変わる。

雨についても、『こんな雨が降って気分が滅入ってしまう』と捉えることも出来るが、『これで植物など(人間でもそうだが)恵みの雨になって良かった』と捉えることも出来る。

どのような出来事が起こったとしても、それは見方を変えれば、良い意味として感じることもあれば、悪い意味として感じることも出来る。

要は捉え方1つで違った感じ方になる。

リフレーミングについては結構学んだが、やはり幼少期からの環境や親の影響などで、捉え方に影響を受けているようだ。

余り良い捉え方が出来ないと思ったとしても、練習次第で幾らでも変えることが出来る。

前述の本の表紙のように、色々な角度から見れば違った見方が出来ていくものだ。

かくいう自分も昔はそのようなことは出来なかった。

しかし、あることをきっかけに、いつの間にか自然に出来るようになり、更に学んだことで、様々な見方、捉え方が出来るようになった。

誰しも困難な状況に感じることも、見方を変えれば違う感じ方が出来、その積み重ねで自分の人生にプラスにさせることが出来るようになるはずた。

今、困難な状況にある人も、見方を変える練習をしてみて、違った感じ方を体験すれば、楽になっていくと思う。

どうしても出来ない場合もあるだろう。

しかし、出来る範囲でやっていけば、その後の人生が変わることを実感出来るはずだ。

今でも自分は物事の捉え方を変えていくようにしているが、当然出来ない場合もある。

しかし、自分のペースで出来る範囲で、これからも、この『物事の捉え方』、『物事の見方』を変えて、自分自身の人生をより良きものとしていきたい。