音楽履歴書と気付き

最近のルーティン化している音楽の宝探し。色々流れるままに観て聴いていて、気付いたことがある。

これは今まで自分が音楽を聴いてきた、いわば『音楽の履歴書』と関係する。元々自分はニワトリのヒナの刷り込みのように、クラッシックが好きになった。

その後洋楽にハマって、歌詞スルーの癖とブログに書いたが、聴いて来た音楽履歴からすると、歌詞をスルーしてしまうことは、致し方ないことだと思う。

クラッシックはオペラなど除き余り歌詞がある音楽は自分の好きな音楽の中では殆どない。

洋楽も中学2年生くらいから聴いて来たが、英語は分からず、自分にとっては歌詞はないに等しい。

そういう履歴を振り返り、何を気付いたかといえば、楽器を使った演奏を『器楽』、声で演奏するのを『声楽』というが、最近クリスティーナ・ラモスやダニエル・エメットの聴いてる音楽の、自分の聴き方で気付いた。

極論になるが、結論から言えば、歌詞分からなくてもいい、、、ということだ。

要は声も楽器なので、(言葉なので意味を持つ楽器だが)、分からなくても、声を楽器と捉えれば、特に問題ないというか、感動したり、楽しくなったり、自分が感じているということは、その音楽から何かが伝わっているからそうなってるということになる。

なので、言葉の意味が分からなくても伝わって来るということだ。

この伝わることが大事で、歌もコミュニケーションの一つの側面とブログに書いたが、要は伝わればOKなんだと思う。

ミュージカルとか洋楽も含む音楽も、伝わることが大事で、感動したり、楽しくなったりすればOKな訳だ。

だから、歌詞の意味が分からなくても、何も問題ないだろう、、、と気付いた。

もちろん日本語とかは分かるので、歌詞をスルーしなくてもいいが、別にスルーしても、伝わっていれば、、、要は感動したり、ワクワクしたりすればそれでいいだろう、、、と思った。そこで自分では余りしたくないのだが、あるアーティストの曲を分析して、自分がどのように聴いているか、歌声とメロディと歌詞に分解してみた(他のアーティストはまた違う可能性はある)。


この3つに分解した時、歌声>メロディ>歌詞となり、メロディと歌詞はほぼ、ニアイコールに近く、大体そんな順番というかで、聴いている感じだった。当然聴いている時は意識してはない。

聴き方は人それぞれで、伝わり方も人それぞれ。

受け取り方も人それぞれなので、別に他の人は他の人で、好きな感じで聴けばいいが、自分はそんな感じで、音楽を愉しんでいるし、感動もするし、とにかく自分軸で愉しく観て聴いている。

オペラ苦手を突き破ったサラ・ブライトマンやクリスティーナ・ラモスと同じように、ミュージカルも、そのミュージカルから、どんなストーリーで何を喋って、歌っているのかは、ある意味、二の次というか、観てみて、感動した、とか、楽しかった、とか、それでもOKだと思うと、ミュージカル苦手だった壁も取っ払えそうに感じる。

そもそも人生で最初に観たミュージカルはレ・ミゼラブル。

アメリカでも観て、更に日本でまた観たことを考えると、要は良かったから日本でも2回観たのだ。


そもそも日本で最初に観たミュージカルの、レ・ミゼラブルは、どういう話か分からないまま観たが感動した。このように考えると、自分の音楽履歴ゆえのこともあるだろう。


しかし、いずれにしても、楽しきゃOK、感動すりゃOKということで、結果伝わっていればOKなので、今度はミュージカル苦手の壁も破れそうで、より自分の音楽の世界が広がって行きそうで楽しみだ。

ただ、AGTなどの場合は、歌だけでなく、その曲を選んだ理由やその人の人生背景なども出て来るので、その意味では言葉の意味は分かるに越したことはない。


まだまだ紹介したい動画はあるが、それはまたの機会にしよう。


恐らくこの音楽の宝探しは当分続きそうである。