英語のヒアリング

ほぼ毎日のルーティン化している、動画で音楽のお宝探し。

気付いたことがある。

最近はTTJ以外も観て聴いているのだが、日本語訳がないため分からない。

しかし逆にそのおかげで、僅かばかりヒアリングの手前というか、英語を拾えるようになってきた。

YouTubeでは字幕を出せるものと、そうでないものがあるが、字幕を追うより、分からなくてもいいので、とにかく聴くことに専念していた。

そして、視覚情報を入れる(つまり字幕だけでなく映像自体も見る)と返って分からなくなるので、あえて目を閉じて聴く。

そうしていると、おっかけ再生ではないが、話している単語が聴き取れるようになって来た。

例えば、簡単な例で挙げると、『 I can’t believe it』と言ったとすると、その瞬間は分からないが、数秒だろうか、遅れて、『あ、今、 I can’t believe it、って言ってた』、、、という感じだ。ただ、ヒアリングと言っても、肝心の単語自体が分からないのが沢山あるで、例に挙げたようなものなら良いが、知らない単語だと、聴き取れるものと聴き取れないものがある。


やはり頭で考えるというより、そのまま聴き入れるというか、上手く言えないが、ずっと聴いてると入ってくる感じだ。
まだまだ分からない単語が多いのと、会話なので、例えば『take』という単語1つ取っても、色々な意味で使われるため、何を話しているか?までは分からない。
以前書いたが、大学時代の短期留学で、試合は観てないが、ドジャーススタジアムに行った時のこと。


たまたま日本人でアメリカに住んでいた若い方と出会い、話す中で、ヒアリングとスピーキングのことを聞いた。
その方はアメリカに英語も分からず来て、確か料理店だっただろうか、働いている方だった。
その方曰く、日本人とは敢えて話さず、アメリカの方々とずっと一緒にいる環境に身を置き、最初はもちろん何も分からなかったそうだ。

敢えて英会話の勉強はしていなかった?と記憶してるが、ヒアリングは半年で完璧に出来るようになり、スピーキングまで、つまり完全に英会話が出来るようになるまで、一年かかったと言っていた。実は自分も帰国後、今度は長期留学をしたいと思っていたが、諸般の事情で断念した。


毎日のこの音楽のお宝探しは、いわば英語の環境に身を置くことに、多少なりとも似ている感じもする。
外国人と話す訳ではないので、バーチャルな感じだが。


留学している時、クラスは幾つかに分かれており、自分のクラスの担任の先生は、最初のオリエンテーションの時に、日本語は分からないので、英語で話すよう念を押された。


当然英語の勉強に来ていた(自分の思惑とは違っていたが)ため、ある意味当たり前だ。
ただ、全員外国人ではやはり困るので、日本人スタッフもいた。
そして、途中からだったと思うが、日本語禁止の時間帯が設けられ、その間は日本語は一切禁止だった。


当時の語彙力は余り無かったため、色々な表現で会話は出来なかった。
かなり難儀したが、それでも色々な所へグループを作って行ったり、苦しさもあり、楽しさもあった。


そして忘れられないのが、留学最後のクラスの授業が終わった時のことだった。


自分のクラスの担任の女性の先生だったが、みんな良く頑張りましたと英語で話した後、不敵な笑みを浮かべ、いきなり切り出した。


『実は私は日本語もペラペラなのよ、主人は日本人だし、日本語が分かると言うと日本語を頼ってしまうので、隠してたのよ、、、』と流暢な日本語で話し出した。

皆唖然とした後、先生を指差して、『あ〜ずる〜い!』と言って笑いあった。
やはり英語の中に身を置くのは英会話を習得するのに大切だと実感したものだった。


音楽のお宝探しを英会話の勉強に使うつもりはないが、ゆる〜く愉しんで、これからも音楽のお宝探しの旅を続けていきたい。