ニュルンベルクのマイスタージンガーとタンホイザー序曲

自分の好きなクラシック音楽の中に、ワーグナー作曲のニュルンベルクのマイスタージンガーとタンホイザー序曲がある。

この二曲はいつの間にか好きになっていた曲で、かなり前から好きになっていた。

以前はよくクラシック音楽を聴いていたが、段々とクラシック音楽を頻繁に聴くことは減っていった。
しかし、最近になって再び結構聴くようになってきた。

それはピアノを弾いていて、クラシックは弾いていなかったのだが、色々なジャンルの曲を弾いているうちに、クラシックもチャレンジするようになっていったからだ。

ピアノは自分の中に音がちゃんと定着している曲は基本的に何故か弾けるので、クラシックも弾いてみようと思ったこともある。

クラシックとなると楽器が沢山あるため、自分の中に音が定着しているのは、一応メインの旋律となるが、必ずしもメインの旋律とは限らない。

クラシック音楽はどれがメインの旋律なのか分からなくなる部分もあるので、とにかく自分の中に残って定着している音を、ピアノで音を拾って弾いている感じだ。

ブログに何度も書いているが、ピアノは習ったこともないし、譜面も読めない。

なのである意味曲芸のようであるが、何故か弾ける。

最近になってワーグナーのこの二曲を何故か思い出して、また聴き始めるようになりピアノでも弾くようになった。

この二曲、喜劇的作品として着想され、草稿が書かれたようだが、実際のワーグナーの音楽としては、厳密にはどのように分類されるのかは分からない。しかし、自分自身のことを振り返ってみると、そういう音楽を好きになるのは分かる気がする。

ベートーベンの第九、特に第四楽章が好きだが、『歓喜の歌』とも言われるこの曲にしても、ワーグナーのこの二曲にしても、どうやら『喜び』というのがキーワードにあるようだ。
(ベートーベンの第九の『歓喜の歌』とは第四楽章の主題になっているようである)

他にもクラシック音楽で好きな曲はあるが、自分が感動する曲が好きな音楽で、聴いていると深い感動に包まれる。


音楽を聴いていて時には涙することもあるが、このように感動して涙するような音楽が、クラシックに限らず、ジャンルを問わず好きである。


自分の好きな音楽を見渡してみると、意外と底流に喜びがあるような音楽を、無意識に求めていることがある気がする。


しかしそういった音楽以外も色々聴くので、自分自身の感性を大切にして、これからも自分の音楽の世界を広げていきたい。