小学校3年生くらいの時、夜中に何やら外で声がする。
「神田〜〜!神田〜〜!」
自分は眠っているので、きっと酔っ払いか何かだろうと布団の中で思っていた。
すると、その声が大きくなり、酔っ払いなどではないことに気がついた。
「火事だー!火事だー!」
それと同時に叫んでいるのが自分の祖父だと気付いた。
1人で二階の部屋で寝ていたが、慌てて障子開けた。
すると、はす向かいの家から勢いよく火の手が上がっている。
階段を降りると、両親と共に外に出て様子を見に行った。
はす向かいの家はもうかなりの勢いで燃えている。
窓からは火が吹き出し、二階の屋根からも炎が上がっている。
父は何かに気付いて二階へ上がり、ベランダへ出るドアを開け、はす向かいの家の前に建つ、うちの隣の家の屋根を確認した。
「煙りが出ている」
既に消防には連絡した。
このままではまずいということになり、父がバケツリレーで隣の家の屋根に水をかけようと皆に言った。
父がベランダで水をかける係、その間を母、祖父、姉、自分が連携して父にバケツに水を入れて送る。
父は何度も何度も隣の家の屋根に水をかけた。
散々かけるが中々消防車が来ない。
その間、叔母が庭で池の近くにある水道から細いホースで水を出していたが、水はホースの先からチョロチョロ流れている状態。恐らくパニックだったのだろう。
祖母は一階の祖父母の部屋で布団から起きて様子を見ている。祖母は放心状態だったのだろう。
記憶が定かではないが、出火して15分程経ってようやく消防車が到着。
家の前の道は狭く消防車が入って来れないので、20m程先の道に止まり、ホースを持って消防隊員が駆け付ける。
庭からはす向かいの家に向かって放水が始まる。
既にはす向かいの家の、うちから見ると庭の裏にある鉄筋コンクリートの家の壁はかなり黒くなっていて、その窓を突き破るように消防隊員が水をかける。
一体何人の消防隊員が来たか覚えてないが、出火から30分以上経ってからだったか、1時間くらいだったか、火はようやく消し止められた。
夜中だと思っていた火事だったが、早朝だったことが分かった。
夜が明けてすっかり太陽が昇り、辺り一面の状況がようやく分かって来た。
二階の姉が寝ていた部屋のはす向かいの家に近い方の窓のシャッターは、アルミの部分が少し溶けている。
祖父母の部屋の窓ガラスは所々割れている。
毎年大きなザルで3杯程取れていた梅の木が焼け焦げている。
叔母の家も多少の被害はあった。
鉄筋コンクリートの家の壁はかなりの範囲まで焼け焦げて黒くなっている。
朝まだ煙りの匂いが残る中、小学校の先生がお見舞いに来ていた。
その後出火原因が判明。
出火した家の女性の寝タバコが原因だった。
しかもこの女性、寝タバコの常習だったらしく、消防によると布団に寝タバコの跡が沢山あったらしい。起こるべくして起こった人災だ。
この女性は1人暮らしで何歳だったか不明だが結構歳はいっていた。
また、消防によると父が隣の家の屋根に水をかけたおかげで、隣の家に延焼しなかったようだ。
後日、うちにこの女性が菓子折りを持ってお詫びに来た時、祖父は激怒して「帰れ!!」と菓子折りを受け取らなかった。
その後約1カ月くらい、微かに遠くから聞こえる消防車のサイレンの音を聞くだけで、寝ている二階から父と母の所へ行き、「うちは大丈夫かな…」と心配する様になった。
あれだけの炎を見たのである。
当然のことだろう。
人生で最初で最後の被災経験として、名古屋でマンションの前の海を見たが、それより相当前に、家の前が炎に包まれる経験があった。
これが人生で最初の被災した経験である。
今思い出しても少し恐怖を感じる。
もう二度と、川の近くには住まないが、火事を起こす家の近くにも住みたくない。